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地の塩(ロボ) 第2話
夜も更けた時分に、ノックもなく当たり前のように私室に入ってくるのは、今では王となった俺の主。
「おや、獣型か。珍しい」
床に寝そべる俺の姿を見て、愉快そうに隣に座り込む。
俺は変態できる、全き狼種のアルファなので、獣型の時は大きな狼の姿だ。
「ヒト型だと、怯えるからな」
前足と鼻先で、床に広げた書類を並べなおす。
まったく面倒なことだが、仕方がない。
俺の後ろ足と尾の間、俺の尾を抱えるようにして、少年が眠っているからだ。
革命の夜に、俺は紅と名乗るの、未分化の全きヒト種の子どもを拾った。
十四歳だという割に幼いその少年は、あちこちに切り傷ややけどを負っていた。
館で養育されていて、追われて逃げてきたのだといっていた。
自分には全く同じ姿をした、大切な存在がいるのだとも。
未分化ながら、俺にとってかぐわしい香りをさせている紅は、俺のオメガではないという。
ならば、その片割れが俺のオメガかもしれない、そう思うのは自然なことだろう。
俺は紅を自分の手元で保護し、藍という名の片割れを探すことにしたのだ。
「未分化だといっていたけど、ちゃんとわかっているもんだな」
ヒト型の時に緊張した様子を見せるのは、俺がアルファだからだろう。
自分の番ではないアルファを、オメガは警戒する。
心惹かれる分、自分を変質させるものだから、番を持たないアルファに怯える。
「オメガとしての能力が高いんだろう」
「なるほど」
紅の寝顔をのぞき込む主を見ても、心はざわつかない。
つまりは、紅のいうことは正しい。
紅は俺のオメガではない。
番の契約を結ばなくても、自分のオメガであればわかるのだという。
アルファは非常に心が狭い。
たとえ主だろうと、紅が俺のオメガなら、俺は今ものすごく嫉妬しているはずなのだ。
「今日は、紅を連れ歩いたって?」
「片割れを誘い出せないかと思ったので」
「首尾は?」
「わからん……ただ、西区の方に、きな臭い奴らは見た」
「ほう……」
多分、あれは残党。
王宮側のか、神殿側のかは、わからない。
しかしあの様子では、近く、動き出してもおかしくない。
主に地図を差し出す。
にやりと笑いを浮かべて眺めているところを見ると、他からも何か報告が上がっていたのだろう。
「紅は、分化を待たずに売られる予定だったのだそうだよ」
主がさらりと口にした。
分化していないということは、まだその体は未成熟な子どものまま。
常識的に考えれば、性の対象にするには早すぎるのだが、そういう趣味の奴らはどこにでもいる。
「未分化のまま?」
「双子のオメガで、そこそこ見栄えがいい。欲しがるゲスには事欠かない。いい商品だったのだろう」
神の下僕とは何だろうなぁ、と主はぼやく。
そして、俺の並べていた紙をいくつか拾い上げた。
「お前の下につけて、館に忍ばせたアルファを覚えているか?」
「ネコ種の?」
「そう。なんという名だったかな……あれの行方が知れん。紅の片割れを連れて、姿を隠しているようだな」
なるほど。
確か、騒動の前に主が『可能であれば売られそうな者は、隠してやれ』と指示していた。
指示に従ったということか。
「いざこうなってみると、探し出せない。余計な指示だった気がするな」
「いや……紅の価値は、双子だということにもあったのだろう。片方だけでは半減だ……いい指示だったのだと思うよ」
「紅と同じ状態なら、じきに分化を迎えるのだろうなあ……ああ、そうだ。トポ爺をこき使うか」
いいことを思いついたとでも言いたそうな顔をする主。
「労わってやれ」
主の指示で姿を隠したなら、そう簡単には出てこないだろう。
侍医の名を出す主に、ため息が出た。
確かに分化後初めての発情期には、医者の助けが必要だ。
トポに取り次ぐように指示を出しておけば、どこかから情報は入ると思われる。
だがいい歳なんだ、大事にしてやったほうがいい。
「ロボ」
「はい」
「感謝しているよ」
いきなり、主が呟いた。
「何をいきなり?」
「お前は腹を立ててはいたけれど、事を大きくする気はなかっただろう? 館から漏れ出る香りで、館に番がいると知ってからは焦っていたが、でも、お前はどっちかというと穏健派だったはずだ。……私は、お前の焦りを利用した」
「知っていますよ」
主も、焦っていた。
腐った奴らの施政が長くなればなるほど、疲れていく民に心を痛め、力の足りない自分を嘆いていた。
幼いころから横に立ち、砕けた言葉遣いを許されている幾人かの者たちは、主のそんな様子にどうしたらよいかと悩んでいた。
俺もその一人。
だから、番を求める俺の焦りが利用されても、些細なことだ。
一石二鳥と、思ったくらいのこと。
あっさりと肯定した俺を、主はあっけにとられた顔で見つめた。
「怒らないのか?」
「ここは自分の存在が役に立てたと、喜ぶところじゃないかな」
「お前も、なんだかんだ言って忠臣だな」
「嬉しいでしょう」
「ああ、ありがたいと思っているよ」
くつくつと主が喉を鳴らして笑う。
「忠臣のお前に、褒美をやろう」
「今?」
手ぶらでいきなり私室に来たくせに、何を言い出すかと思ったら。
首を傾げる俺に、主は告げた。
「お前が番を見つけたら、その時は何も構わなくていい。あとのことは引き受けてやるから、まず、番とまぐわうがいいさ」
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