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【3】

 窪田が目を開くと、すぐ真上で泣きじゃくる松崎の顔が見えた。  雨でも降っているのだろうか。その肩はしっとりと濡れていた。  端正な顔をくしゃぐしゃにして大粒の涙を絶え間なく流しては、自身の名を掠れた声で何度も連呼する。 (何を泣いている?)  その涙を拭ってやりたくても体が動かない。震える肩を抱き寄せたくても松崎の気配が遠くに感じる。 「――陽一。約束は果たすよ……。俺はお前の魂を守る。だから……だからっ」  白檀の香りと、視界を遮る細く長い煙。  窪田は自身の記憶にこんな場面は存在しないということに気付いた。松崎を泣かせたことなどない。それに――既視感を覚えた部屋が所轄署の地下にある霊安室だということにも。 (俺はもう……死んでいる、のか?)  スーツの袖で何度も目元を拭う松崎の背後には、黒い傘を手にしたあの紳士が立っていた。傍らにいるのは黒い大きな犬。 『――ですよ』 「え……。それは本当ですかっ?――分かりました」  紳士の声に弾かれた様に振り返った松崎は、彼の襟元を両手で掴むと何かを問い詰めるように声を荒らげた。  その声は窪田には届かない。  もどかしい思いで二人のやり取りを見ていた窪田は、至極真面目な顔でゆっくりと頷いた松崎を見て、体が――いや、魂が震え出すのを感じた。 (弘美! そいつは死神だぞ! 何を承諾した? まさか――っ)  松崎は何かに安堵したように肩越しに振り返って窪田を見つめると、ベッドの中で何度も見た愛らしい笑顔を浮かべた。 「――陽一、必ず探し出してあげるからね。何年、何十年かかっても……。陽一は俺だけのモノだから」  紳士が傘を松崎に差しかけると、その姿は瞬く間に消えた。 (弘美! 弘美、戻ってこい!)  声を限りに叫んだ窪田だったが、そこには小さな水溜りと白檀の香り、そして耳が痛くなるほどの沈黙だけが残されていた。

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