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第二話 再会

「アイリス今日もまた港に行くの?」 勉強を終え、少ない荷物をまとめて帰ろうとすると薫に聞かれた。休憩が終わって店に戻るようだ。 「ああ、そのつもりだ」 「じゃあ良かった。お父ちゃんがお弁当作ってくれたから持っていきな。漁師さんの話じゃあ今日はどっかの貨物船が来るかもしれないって言ってたから。出る前に厨房寄ってって」 「ありがとう」 薫に言われたとおり厨房へと向かう。まだ夕飯には早いからか、人はまばらで空いている。俺は薫の父であり、店主の健さんの元へ行った。 「おう、アイリス。薫から聞いたか? これ持ってけ、弁当だ」 「お気遣いありがとうございます」 「良いってことよ! それに今日はいつもより客が居たからな、お前さんも昼飯食う時間無かったろ」 「ええまあ……」 確かに今日は人が多く、客が途絶えた一瞬の隙を見つけて、千代さんが急いで握った塩むすびを一つ腹に入れただけだった。俺は有難く弁当を受け取って店を出る。  それから向かった先は当然いつもの港だ。俺の特等席になりつつある石垣に座ってぼうっと海を見続ける。貰った弁当は日が沈みきる前に食べきってしまった。  空が完全に暗くなりもう帰ろうかと思った頃、波を打って進む船の音が聞こえた。 「漁船じゃないな……何処の船だ?」 船が港に近づきはっきりと船体が見えて俺は踵を返した。船は俺の記憶にある巨大なウォーリックの船の半分程しかなかったからだ。諦めて家に帰ろうと歩き出すと、此処らに住んでいるらしい町人やこれから海に出る漁師が興奮気味に声を上げる。 「イングランドの商船だ!」 「こんな船あったか?」 「見ろ、ウォーリックの紋章だぞ」 まさか…… 俺は船着き場まで走った。近くで見ても船はそれ程大きくはない。けれども確かに船体に見覚えのある印が入っている。 「それにしては小さい……しかも乗っているのは女か?」 「いや、若い男だ。来たのはウォーリックの息子の方だけだ」 小さな船から下りてきたのは十数人の男達と、女と見間違える程長い金髪の白人の美青年だった。変わってない、間違いない。金髪の男に向かって俺は大声で名前を呼んだ。 「ルーカス!」 ルーカスは俺の方を見てとびきりの笑顔を向けた。 「アイリス」 俺は走った勢いのままルーカスの胸に飛び込む。多少勢いは殺したのもあるが、ルーカスは全くよろけずに俺を抱きとめた。 「待たせてごめんなさい。約束通り迎えに来た」 「遅えよ……待ってた。毎日此処に来てたんだからな」 「本当に? ありがとう、アイリス」 背中に回した俺の手をルーカスの髪の先が擽る。抱き締め合ったまま一度少し体を離し、ルーカスの顔を見た。 「……ッ!?」 「アイリス、どうしたの? アイリス?」 目が合った瞬間、一気に心拍数が上がって顔が火照った。名前を呼ばれる度に胸の奥が熱くなる。 「ち……ちょっと、待って……」 「うん?」 何なんだ? 何が起きた? 俺は一旦ルーカスから離れた。だがまだ心臓がバクバクと鳴っている。ルーカスに触られていた部分が一番熱い。 「大丈夫? 体調悪いの?」 「わかっ、分からない。急に何か熱くなって、ドキドキしてきて……ごめん、久しぶりの再会なのに今全然ルーカスの顔見れねえ」 「こうしたら? もっとドキドキする?」 ルーカスは俺の顔を覗き込んで手を握ってきた。俺の視界を占領したのは二年前と同じ、綺麗な顔だった。 「アイリス、もっとオレを見て。目、合わせてよ」  ルーカスの手が俺の両頬を包み、視線が交わる。見つめられると何故か変に緊張して、目を逸したいのに逸らせなくなる。そしてゆっくりとルーカスの顔が近づいてきた。  一瞬何が起きたのか分からなかった。いや、分かっていた。口付けをされたのだ。唇が重なったのは本当に一瞬だった。何度も求められたわけではなく、しつこく吸われるわけでもなく、当然舌を絡める事もなく、ただただ唇同士が軽く触れただけだった。気のせいかと思う程に短く、それでいてまだ感触も熱も残っていて、現実であることがはっきりとわかる。 「ごめんなさい、アイリスが可愛いからどうしても我慢できなくて」 「ッ、可愛く、ないっ」 「もう一回してもいい?」 改めて聞かれると恥ずかしい。ルーカスに会ってからずっと俺が俺じゃないみたいだ。俺はルーカスから目を逸らして言った。 「……好きにしろ」 その瞬間、ルーカスに引き寄せられる。そして再び口付けられた。  今度は一瞬じゃなかった。抱き締められて頭を軽く抑えられて、口付けをしているとはっきりと感じて俺は目を閉じた。俺達の唇は空白を埋めるように、長く優しく重なっている。

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