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第六話 誘い
一瞬、ルーカスの匂いに覆われて、額に柔らかい唇が押し当てられた。それは一秒にも満たなくて、すぐにルーカスは俺から離れる。それがちょっとだけ寂しくて、ルーカスの袖を掴んで聞いた。
「しないの……?」
「何を?」
俺の問いにルーカスは首を傾げて聞き返す。淫靡に誘うのには慣れている筈なのに、しどろもどろになりながら言った。
「だから、その……恋人同士になったんだし……俺の事、抱かない……のか?」
「アイリス」
ルーカスは俺を呼び、それから目を合わせた。ルーカスの瞳はよく見ると綺麗な青色をしているのが分かる。そのまま何も言わず、ルーカスはただただ俺を見ている。この瞳をずっと見ていたらいつか吸い込まれそうだ。寧ろ、いっそ吸い込まれてしまいたいと思った。それくらい俺はルーカスを欲している。
「ふふっ……」
数十秒の沈黙を破ったのはルーカスの方だった。ルーカスはクスクスと笑う。馬鹿にされてるとかじゃなくて、本当に楽しそうに笑った。俺は訳が分からず、思わず眉を顰める。
「どうしたんだ」
「アイリスはね、嘘を吐くと必ず目が泳ぐの。顔を背けるとかじゃなくて、目玉がキョロキョロあちこちに動くんだよ。知ってた?」
「知らないけど、それがどうした?」
「オレに抱かれたい?」
「あ、あ……」
改めて聞かれると上手く言葉が出ず、掠れた声で返事をした。ルーカスに俺の欲に塗れた汚さを見透かされているようで思わず目を逸らす。昨晩から変に意識していたのは俺だけで、ルーカスは単純に俺と過ごす時間を楽しんでいる。目の前の大好きな恋人は他の"男"とは違う。だからこそ、一度その腕に抱かれてみたい。だがルーカスの言葉は俺の期待とは少し違った。
「ごめんなさい、今日は何も用意できてない。だからまた今度しよ? 明日と明後日は船番だから来られないけど明後日の次、また泊まりに来るよ」
「……良いの?」
「勿論。折角の恋人の誘いを断るなんてジェントルマンじゃなかったね」
俺の隣に座り直してルーカスは苦笑した。でも、と俺の右手をそっと握って腰を引き寄せられ、耳に息がかかる程近くで続きの言葉を囁かれた途端、俺の身体が一気に火照った。ゆっくりと体が離れ、悪戯っ子のようにルーカスが笑う。そして何事も無かったかのように立ち上がって伸びをした。
「じゃあそろそろ出掛けようか。髪留めを買いに行きたい」
「分かった……けど、ちょっと待っててくれ。厠行ってくる」
俺はルーカスのせいで若干熱が集まってしまった下腹部を隠し、そそくさと立ち去る。後ろからルーカスの呑気な返事が聞こえた。
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