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第十二話 職業見学

 二年ぶりに柊さんと会った翌日、ルーカスに呼ばれた俺は港__ウォーリックの商船前に来た。 「アイリスにオレ達の仕事を見てほしい。そしていつか一緒にやってほしい」  以前ルーカスにそう言われ、今日は仕事の見学をさせてもらう事にしたのだ。働かざる者食うべからず。乗せてもらうからにはいつまでも客人扱いされるわけにはいかない。 『今日の船番はアーロンとクリス、ジャック、それからシゥインだったね。ハリーはオレと役人のところ、ベンとウィリアムはアイリスを連れて光城家、四ツ井家と取り引き。時間あったらそのまま食材買ってきて。それから__』  ルーカスは英語で次々と皆に指示を出す。呼ばれた人は「Yes , sir」と行って動き始めた。良く見ると西洋人だけでなく、東洋人もいる。 「準備出来ました。アイリス様、行きましょ」 「ヨロシク、お願いシマス」 「え、はい! よろしくお願いします」  声を掛けてきたのは金髪の筋肉質な四十を超えていそうな男と、その半分位の歳の茶髪の、ひょろりとした背の高い男だった。どちらも俺やルーカスよりも背が高い。揃って縦横高さそれぞれ二尺、三尺、二尺程度の箱を抱えている。 「アイリス様、私はベン、言います。オランダ人。よろしくお願いします」 「私は、ウィリアム、デス。イングランド、デス」 「アイリスです。えーと、日本人です。よろしくお願いします」  金髪の筋肉質な男の方はベン、茶髪のひょろりとした男はウィリアムと名乗った。一通り軽く自己紹介をしてから船を降りる。 「ルーカスは一緒には行かないんですか?」 「ウン。ルーカスは、この国の、偉い人のトコ、行く」 「本当は日本はオランダとチャイナの船以外とはトレードできないです。ジャパンの港の役人に内緒にしてもらっている。ルーカス様はその礼をしに行く。だから今日は一緒できません」  二人の返事にはあ、と相づちにもならない声が出た。なにせ俺は幕府に逆らうつもりはないが政に関心がない。そう言えば港に着く殆どの船は日本か清だなと思った。 「船長……ルーカスの父上が港の役人に恩を売った。それとこの船にキリシタンが居ない事、証明した。だからえーと……お目、お目……?」 「お目こぼし?」 「それ、してもらってます。偉い人にバレたら多分皆死ぬ」 「嘘だろ……?」  ベンは真剣な顔をして本当、と言った。ウィリアムも同様に頷く。でも内緒の割には皆堂々としている。港町全体が黙認しているのだろう。 「最初の取り引きはMr.コウジョウのとこ。向こうからこちらに出向いてくれるからここで待っています」 「こうじょう?」 「そう。政府の役人との繋がりがあるジーサンです。彼、良い人だからダイジョブ!」  ウィリアムは無言でニカッと笑い、親指を突き立てた。暫くしてから六十から七十代くらいの大柄な爺さんがやってきた。頭と同じ白い顎髭を蓄え従者らしき男らを数人連れている。コウジョウ、と言えば知っている苗字だと思ったが俺が想像した人とは別人のようだ。顔もあまり似ていない。花魁時代の先輩であり華乱の教育係のその人ではなかった。 『お待たせして申し訳ない』  爺さんは俺よりも流暢な英語でそう言い、頭を下げた。 『時間通りですよ。お気になさらず』 『早速ですが、今回イングランドから持ってきた物をお見せしますね』  ベンが箱を開ける。中には布、糸、装飾品、骨董品などが入っていた。ウィリアムが持っていた箱には漢方薬や白い粉のような物、恐らく砂糖だろう。様々な色の見慣れない物が入っていた。 『こちらがイングランドから持ってきた物、そちらの箱は半分が中国から手に入れた物。そしてもう半分がインドの品でございます』 『ふむ……値段は?』 「アイリス様、通訳、しますカ?」  話にどうにかついていこうと耳を傾けていると、ウィリアムがそっと耳打ちしてきた。俺は頷いて頼む。若干言葉の使い方が違っているものの、だいぶ分かりやすくなった。途中でウィリアムはベンに代わって値段の交渉を始め、ベンが俺の為に通訳をする。  何度かの交渉の末、爺さんはウィリアムに金貨を渡した。ウィリアムがそれと砂糖やスパイスなどが入った袋を交換する。その後軽く挨拶をして爺さん一同は立ち去った。 「こんな感じデス。分かりマシタ?」 「はい。ありがとうございます」 「じゃあ次、行きます。今度はMr.ヨツイです。初めての取り引きなのでちょっと様子見です」 「クレグレも、悪さ、ないように、デス」  多分粗相のないように、と言いたいんだろう。花魁時代に耳にタコが出来るほど聞かされた言葉だ。先程の二人の邪魔をしないように黙って見ていれば良い。と、思っていたのだが、ベンから予想外の言葉が出た。 「アイリス様、次やってみますか?」 「え、俺がですか?」  簡単に素人にやらせるのかという事に驚いた。通訳付きで一度見ただけだ。良いのか? 知識無しでできるもんなのか? 「何事もタイケン! やって見まショ」 「えっ、でも俺は相場とか分かりませんが……」 「それは後で教えマス」  荷物を抱えてスタスタと先を行く二人を早足で追いかける。仕方がない。今日じゃなくともどうせいつかはやるんだ。だったら早めに経験して少しでも早くルーカスの役に立ちたい。俺は腹を括って門の前に立った。

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