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第十六話 思わぬ出会い

 翌朝、いや、昼近くに俺は目を覚ました。珍しく俺より早起きしたルーカスが俺の顔を覗き込む。 「Good morning」 「……ルーカスの方が早いのは珍しいな」 「アイリスの寝起きの顔が見たくて早起きした。寝起きのアイリスは可愛いね」 「そりゃどうも」  恥ずかしくて俺はごろりと寝返りをうってルーカスに背を向けた。その意図を理解していないのか、ルーカスは後ろから抱きついてくる。密着しているからルーカスの心臓の音が背中越しに聞こえた。 「二度寝する?」  俺よりも眠そうな声で聞いてくる。目的を達成したから起きている理由が無いのだろう。控えめな欠伸も聞こえた。 「駄目だ。昼飯呼ばれてるって言っただろ」 「もうちょっとだけ」  顔だけでルーカスを振り返ると、今にも瞼が閉じそうだった。寝起きが悪いのが欠点だとしても、ルーカスの可愛いところだと思う。 「じゃあ朝飯は無しだぞ」 「うん」  ルーカスは俺を抱きしめたまま寝息を立て始めた。どうせ昼飯にはまだ早い。一食抜いて眠ったところで罰は当たらないだろう。向き直ってルーカスの顔に掛かっている髪を払い、起こさないようそっと抱きしめ返した。  昼、俺は寝起きのルーカスを連れて二年間世話になった砂山一家の食事処を訪れた。 「やっと来た。何処で油売ってたのさ? もう準備できてるよ」  入るなり膨れっ面で仁王立ちしていた薫に叱られる。ずっと入り口で待っていたんだろう。厨房にいた健さんが鍋を運んで来る。 「ちゃんと恋人は連れて来たのか?」 「はい。お招きいただき、ありがとうございます。こちらが俺の恋人のルーカスです」  俺が健さんと薫、そして千代さんにルーカスを紹介すると、ルーカスはスッと頭を下げた。作法を叩き込まれた俺から見ても美しい所作だ。下げた時よりもゆっくり頭を上げてからルーカスは名乗った。 「初めまして。ルーカス・ウォーリックと申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます。皆様の事はアイリスから良く聞いております」 「良い男! ようこそ。カオル・サヤマです」  薫がルーカスに握手を求め、ルーカスが応えた。お陰で英国人が日本式で挨拶をして日本人が西洋風の挨拶をしたというとんちんかんな状態になってしまった。握手の文化はルーカスに会ってから知ったが、渡英経験のある薫は当然知っていたのだろう。 「こちらが父のケン、そして母のチヨです」 「は、初めまして」 「初めまして、ルーカスです。そう固くならないでください」  健さんと千代さんはぎこちなくルーカスと握手をする。二人ともカクカクしていて、文楽の人形の方が動きが自然だ。ルーカスが緊張を解そうと微笑んだが、却って逆効果だったようだ。外国人に対面したのが初めてならば無理もない。むしろそちらの方が多いだろう。ただでさえ滅多に会えるものではなく、見かけたとしても遠巻きに見るだけだからな。俺も人より背は高い方だが、ルーカスは俺よりも更に高く、体格が良い。いくら顔が良くても恐ろしく見えるのだろう。  しかし、そんな両親とは正反対に、薫は興味津々にルーカスを見ていた。そしておもむろに口を開くと、 「私、あんたの事知ってるかも」 と言った。 「本当に? いつでしょうか?」 「私な、五年程前にスコットランドの船乗ってたんよ。こっそり乗り込んで日本出たの。そん時に聞いたよ。イングランド一の商人の事をさ。スコットランド着いた時、大きなイングランド商船に乗っている長い金髪の男を一瞬だけ見たよ」 「五年前……オレも聞いた事がありますよ。スコットランド商船に乗り込んだ日本人の女の子がいたって話」 「それ、私や」  あっけらかんと薫が答えた。健さんと千代さんは揃って頭を抱える。そんな両親が見えていない薫は上機嫌にルーカスの肩を叩いた。 「いやあ、まさか本当に"あの"ウォーリックの人とはね。世の中ってわりかし狭いもんよ」 「オレもあのスピリティッド・ガール(お転婆娘)に会えるとは思いませんでしたよ」 「ありがとうね〜」  褒められてないような気がするが、薫は照れたように礼を言った。 「話もしたいけど今はご飯の方が大事や! 折角あんた達の為に作ったんだからお食べ、ほら」  薫はルーカスから離れてばしばしと畳を叩く。ここに座れという事だろう。俺とルーカスは勧められるままに着席した。

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