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第二十四話 旅立ち

第二十四話  港に着くと、数名のルーカスの仲間達が俺を歓迎してくれた。 「アイリス様、いらしゃい」 「ベン、お世話になります」 「いーの。皆仲間増えるの好き。アイリス様が来るの楽しみにしてます」  ベンが声を掛けたから船にいた人達も俺に気付いたようだ。船の上から話しかけてきた人もいたが、興奮気味に船から降りてきた人もいる。わらわらと人が寄って来たのをルーカスが遮った。 『挨拶は後でね。先にアイリスの荷物運ぶから。もう皆揃ってる?』  ルーカスの問いにベンが答える。聞き取れる単語が多い事に少しほっとした。 『まだ買い物班が戻ってないです』 『そうか。予定通り今日出航できる?』 『問題無いです』 『じゃあ買い出し班が戻り次第、点呼取って出航しよう』 『イエッサー』  ベンは走って船の中に消えていった。多分、ルーカスの指示を仲間に伝えに行ったのだろう。それと同時に、大荷物を持った人達がやってきた。 『おかえり。これで買い物は終わり?』 『はい。これだけあれば帰路の食料に問題は無いかと』 『――うん。水は一昨日船に積んだし、大丈夫だね。ありがとう』  俺は買い出し係だった人から食材の入った籠を受け取り、船に運ぶ。 『それはこっち』  船に乗ると、東洋人らしき人が手招きした。 『これは預かるから、自分の荷物を下ろしてきな』  籠をひょいと取られ、家から持ってきていた荷物を指差した。 「何処に置けば良いんですか?」 「アイリス様、こっち」  今度はウィリアムが俺を呼ぶ。船内の奥の部屋に案内された。 「アイリスの大事なモノ、全部ココ」 「ありがとうございます」 「ココ、ルーカスの部屋。アイリスもココで寝ます」 「ルーカスと同室なんですか?」  ウィリアムは不思議そうに首を傾げた。 「同じ部屋、嫌デスカ?」 「いえ、嬉しいです。ありがとうございます」 「ヨカッタ。それじゃ、部屋出ましょ」  部屋を出てウィリアムの後を着いていく。広くて開放感のある場所に辿り着くと、十数人が横三列に綺麗に並んでいた。彼らと対面するようにルーカスとベンと、もう一人知らない男が立っている。 「アイリスはこっち」  ルーカスに招かれるままに、俺はルーカスとベンの間に立った。全員の目が俺の方を見ているのが分かる。二年前に本船で見た人数の四分の一程度だろうが、ずらりと並ぶと圧巻だ。俺よりも小柄な人もいるが、殆どは俺やルーカスよりも体格が良い。 『A斑整備確認、B斑備品確認、C斑積荷確認。終わり次第最集合』 『イエッサー』 『開始』  ルーカスの合図で、仲間達はバッと一斉に散った。 『予定通り、いつもの航路で行ける?』 『問題ないです。近辺は嵐の心配はなさそうです』 『体調不良者は?』 『見る限りいません』  ルーカス達は俺に一切構わず、話していた。他の仲間達が声を掛け合いながら何か作業をしているのが見える。口を挟むのも気が引けて、手持ち無沙汰な俺は海を見ているしかなかった。 「アイリスは、体調大丈夫? どこか痛いとか気持ち悪いとか発熱とか無い?」 「ん? ああ、大丈夫だ」 「良かった。ごめんなさい、もう少し待って。出航準備できたらちゃんと皆に紹介するから」 「分かった。今は何をすればいい?」  俺の問いにルーカスは少し考えてから「何も」と答えた。 「自己紹介とか、日本の事とか考えてて」  返事をするより早く、ルーカスの仲間達が戻ってきた。先程と同じように、背筋をピンと伸ばして整列している。 『A斑報告。異常なし』 『B斑報告。異常なし』 『C斑報告。異常なし』 『良し。点呼を取るよ』  ルーカスが名前を呼ぶと、呼ばれた男は一歩前に出て自分の健康状態を報告した。それが終わるとまた元の位置に戻る。それを一人ずつ繰り返していた。 『良し、全員いるね。このままイングランドに帰国します。その前に、新しいクルーを紹介するね。アイリス』  ルーカスに呼ばれ、俺は皆の真ん中に立って皆を見た。 『オレの恋人で、今日からこの船で働く事になります。日本人だよ』  ルーカスとアイコンタクトを取ってから、俺は自己紹介をした。 『えっと、アイリスと言います。今回皆さんが来日した日から正式にお付き合いをしていて……頑張るので、よろしくお願いします』  ちゃんと伝わっただろうか? 不安になりながらぺこりと頭を下げると、沢山の拍手と『よろしく』との声が聞こえた。 『それじゃ、出航しようか』 『イエッサー』  元気の良い返事をしてから、それぞれ散り散りになった。大きな音がして船がゆっくりと動き出す。俺は一人で後方に向かって、少しずつ遠ざかる港を見た。 「アイリス、本当に良いの?」  俺のすぐ後を着いてきたのだろう。ルーカスが隣に立っていた。 「この船に乗って後悔してない?」  不安そうな顔で俺を見ている。 「もしかして、俺が断れなくてここに居ると思ってるのか?」 「アイリスは優しいから」  港には沢山の人がいた。まだ一人ひとりの顔がよく見える。その中に薫と航大もいた。薫は心底羨ましいといった顔で拳を握りしめている。左の方に視線を向けると、俺の世話役の一人であり、かつて久弥さんと肩を並べていた春樹さんがいた。俺が華乱を出てから一度も会っていなかったから、酷く驚いた。隣には春樹さんの恋人である翔太さんも居る。  薫達よりも右側を見ると、空馬と手を繋いだ柊さんが居た。右手で目頭を抑えているのが分かる。その姿を見て、少しだけ目が熱くなった。 「ルーカス」 「何?」 「俺、この船でルーカスと旅をするの、すげえ楽しみなんだ」 「本当?」  ああ、と俺は大きく頷いた。その言葉は嘘ではない。全く不安や寂しさが無いとは言えない。だけどルーカスとずっと一緒に居られるのも、日本を出るのも、船旅も、恋人になったルーカスが再び誘ってくれた日から、ずっと楽しみにしていた。先の分からない事への緊張感と、体験した事の無い高揚感で心臓がばくばくしてうるさい。 「皆に手を振ってあげなよ」 「ああ」  俺は見送りに来てくれた奴らに大きく手を振った。春樹さんは小さく返してくれた。翔太さんと空馬は同じように大きく手を振ってくれている。柊さんは口をぱくぱくさせていたが、残念ながらもう声は届かなかった。 「アイリスーっ、そこ変われえー!」  薫の全力の叫びが聞こえる。ギリギリまで海に近付いて身を乗り出しているのを、どうにか航大が抑えていた。視界の端でルーカスが笑いを堪えて震えているのが見える。それにつられて思わず声を出して笑ってしまった。柊さんのつられ泣きで滲んでいた涙が一筋落ちて、後は笑い泣きになった。  笑いが治まる頃には、もう港は遠く離れていた。

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