31 / 34

第三十一話 両親の提案

 日が沈む頃に帰ってきたソフィに本を借りた。読書家なソフィは今人気の作家の小説や、詩集、論文など様々な本を持っている。ルーカスの家柄と近い登場人物が主人公の小説と、上流階級の貴族の家を中心とした小説を一冊ずつ薦めてくれた。どちらも現代イングランドが舞台だ。 『この辺りはそんなに難しくないから、きっとアイリスにも読めるわ。特にこれ。幼馴染の紳士が主人公をダンスに誘うシーンがとても素敵なの! 是非読んで』 『ありがとうございます。お借りします』  借りた本を抱えてソフィの部屋を出ると、丁度ルーカス達も帰ってきた。ルーカスはエリックさんと真剣な表情で何かを話していたが、俺を見つけると満面の笑みで駆け寄ってくる。 「アイリス、ただいま! 寂しくさせてごめんなさい」 「おかえり。平気だ。今ソフィに本を借りたところだったんだ」  ルーカスに横から軽く抱き締められる。 「アイリス、レイラとは仲良くできたかな?」 「おかえりなさい。お、お父さん……」  そう呼んでみると、エリックさんは手を俺の頭上に浮かせたまま驚いた表情で俺を見ていた。これは早まったかもしれない。不快にさせたかと思って謝ろうとしたが、エリックさんは慌てて何処かへ行ってしまった。 『レイラ、レイラ! アイリスが俺の事を”お父さん”って呼んでくれたよ』 『うるさい! 子供じゃないんだから大声で叫ばないの! それに家の中で走らない。アイリスの手本になる気はないのかしら?』  レイラさんの怒りの声に、ルーカスが思わずビクッと肩を竦めた。俺を見つけるなり駆け寄ってきたルーカスも怒られる心当たりがあったからだろう。なるほど、確かにこれは声だけでも怖い。 『それに、ルーカスは私の事も”お母さん”って呼んでくれたわ』 『なんだって!?』  レイラさんとエリックさんの声が近付いてくる。ルーカスは立てた人差し指を自分の唇に当てて、悪戯っ子みたいに「ナイショ」と言って笑う。俺は小さく頷いた。 『ただいま、母さん。アイリスとどんな話をしていたの?』 『おかえりなさい、ルーカス。この国での生活について色々教えた後にアフタヌーンティーをしたの。カップと服を褒めてくれたわ』 『それは最高のアフタヌーンティーだったね』 『ええ。素敵な時間だったわ』  ルーカスとの会話を終え、レイラさんはエリックさんに何かを耳打ちした。 『俺は良いけど……君は本当に良いのかい?』 『ええ』  内緒話が終わったのか、二人は俺とルーカスを見た。 『ルーカス、アイリス、大事な話をしよう。レイラ、ソフィも連れてきてくれないか?』 『分かったわ』  レイラさんはソフィの部屋に向かった。俺とルーカスはエリックさんに連れられて談話室に入る。俺はルーカスの隣に座った。間もなく、レイラさんとソフィ、そして使用人達が六人全員入ってくる。レイラさんとソフィが座ったのを確認して、エリックさんが口を開いた。 『アイリスにはレイラが話していたからもう知っている話だけれど、ルーカス、アイリス、君達に提案したい事がある』 『何? 父さん』  ルーカスが聞いた。ソフィもどうして自分が呼ばれたのか分からないと言いたげな顔で首を傾げた。 『その前にルーカス。確認するが本当にこれから先、一生アイリスと一緒に生きたいと思うかい?』 『勿論』  間髪入れず、ルーカスが答えた。 『なら、アイリスは? イングランドのこの家で、ルーカスと添い遂げたいと思う気持ちはある?』 『はい』  俺はエリックさんの問いに力強く頷いた。 『良かった。それなら本題に入ろう。アイリス、俺とレイラは君を俺達の養子に迎えたいと思っている。これはルーカスがアイリスを日本に迎えに行っている時に話し合って決めたんだ。正直、アイリスが本当に二年間ルーカスを待ち続けてこちらに来てくれるかは半信半疑だったけど、もしルーカスと共に来てくれるなら家族として歓迎したいと思っていたんだ』 『父さん、本当に良いの? 母さんも?』 『ええ。あとはあなた達の気持ち次第よ』 『なりたい! オレ、アイリスと家族になりたい』  ルーカスが身を乗り出してそう伝えた。レイラさんが俺を見る。 『俺も同じ気持ちです』 『そうか。それなら手続きをしよう。ただし、今すぐというわけにはいかない。アイリスにはこのまま半年間此処で暮らしてもらう。この国でルーカスや俺達と生活してみて、もし半年後にまだ同じ気持ちだったら、その時は正式に手続きしよう』 『分かりました』 『父さん、母さん、ありがとう』  ルーカスは目に涙を浮かべていた。よっぽど嬉しかったのだろう。泣きはしないが、俺も同じ気持ちだ。 『お前達も分かったかい?』  エリックさんがソフィと使用人達を見た。ソフィも頷き返し使用人達は『かしこまりました』と揃って頭を下げる。  俺はまだ目を擦るルーカスにハンカチーフを差し出し、肩を抱いた。  ――それから半年。同性愛を良く思っていないウォーリック伯爵(ルーカスの伯父)に睨まれたり、作法やレディファーストを忘れてレイラさんに何度も怒られて心が折れそうになったり、海に出たルーカスやエリックさんと会えない寂しさを紛らわせるためにソフィにラテン語を教わったり、そのソフィさんの縁談で一悶着あったり、ルーカスとすれ違って喧嘩をした日もあったりしたが、晴れて俺はエリックさんとレイラさんの子供になった。

ともだちにシェアしよう!