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第68話
「ぶっ、あっはははは!だっせー永谷っ」
永谷の慌てようが可笑しくて爆笑した。
永谷がムスッとしながら海面から顔を出す。
「これさー無理じゃね?隣のビーチに行く前に日が暮れるわ」
「はは……そうかも、……引き上げる?」
「そうするか」
俺達は潔く諦めることにした。体力的にもそろそろ引き上げ時だ。
「永谷、手貸して」
「おー」
ボートから降りようと差し出された永谷の手を掴もうとして、俺の手は空を切った。
「……!」
「羽柴!?」
「えっ、なんで!?」
強い引き潮の流れにボートが引っ張られ、浮力の強いビニールボートはみるみるうちにすごいスピードで沖へと流されていく。
サァッと頭から血の気が引いた。
これってヤバいんじゃないか……。
永谷との距離がどんどん開いていくのがわかってボートから降りようと思ったが逆にそれは危険な気がした。
「羽柴ーっ、風早達呼んでくるから待ってろ!」
「まっ、待つってどうやって……!」
永谷は叫んで行ってしまった。
待ってろと言われても、ボートはどんどん流される。
どうしよう。高波でもきて飲まれたら。俺は泳ぎが得意なわけじゃないし、溺れるだろう。
ヤバいよな……。
ぐるぐると考えて、さっき林田が教えてくれたプライベートビーチの境界線、岩礁の辺りまで流されてしまった。
このまま隣のビーチまで行って、運良く波が 砂浜へ押し戻してくれたら。
いや、そんな都合のいい展開が待ち受けているとは到底思えない。
とっさの判断でボートから降りられなかった 自分を悔やむ。
どうしたらいい……。
引き返そうにも潮の流れは林田のビーチからは反対方向へ流れていく。
これは隣のビーチで助けをよぶしかないのだろうか。
一般のビーチなら人がたくさんいるだろうしライフセーバーもいるんじゃないか。
そんなことを考えている間にもボートはどんどん流される。
あっという間に林田から教えてもらった岩礁の辺りまで流された。
確かに海水の色が濃紺から黒の中間色に見えて、底の深さを感じる。
ぞっとした。
為す術もなく海に漂う頼りないビニールボートは波に押されて岩の隙間に先端を乗り上げるようにして引っ掛かってしまった。
「は……ここからどうすりゃいいの……」
身動きが取れなくなってしまった。
泣きたくなった。
もしかしたら、俺はここで死んでしまうのかもしれない。
止めどなく押し寄せる恐怖と共に、直ぐに大きな波が来て、挟まったボートはプツッと音を立てその隙間から一旦は解放されたが、今度は岩礁の上に押し上げられそうな程傾き再び岩と岩の隙間に挟まれるようにして動きを止めた。
「う、わ!……っ!」
斜めに傾き、未だ岩に挟まれたままで、俺はある異変に気付いた。
ボートの空気が抜けてきている。岩に引っ掛けて穴が空いたに違いない。ボートの弾力が弱くなり、水が中に入っているように思えた。
ヤバい、ピンチ。
絶体絶命のピンチだ。
だめだ。途方に暮れるのは出来るだけのことをやってみてからだ。
取り敢えず近くの岩を掴み、ボートから降りようと試みた。
穴の空いたボートであたふたするよりも岩の上でしっかりと捕まり救助を待つ方が絶対生存率は上がる。
行動を起こそうとしまその時ザザンと一際大きな波の音がして、
「!!」
大きな高波が俺とボートを容赦なく飲み込んだ。波の衝撃に耐えきれず、体は容易に流される。
ゴボゴボと水の音が聞こえた。
次第に蓄えていた酸素が薄くなり、空気を求めて体が跳ねる。もがき苦しんだ。
苦しい……、苦しい……、苦しい……助けて…………!
助けて……!!
瀬名……!!
暗い闇に吸い込まれながら、俺はもう一度瀬名に会いたいと願った。
そこで俺の意識は途切れた。
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