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第69話
どれくらい気を失っていたのか、意識が途切れたところからは何も記憶がない。
願ったのは瀬名にもう一度会いたいと、それだけだ。
生きているのか、死んでしまったのか、ここがどこなのかもわからない。
俺は真っ暗で終わりの見えないトンネルをずっと走り続ける。
まだか、まだか……!
いつになったら出口にたどり着くんだ。
どれだけ走り続けても、疲労を感じることもなく、もしかして永遠にここを走り続けるのだろうかと、そんなことを思ったとき、トンネルの遥か向こうに一筋の光が差し込んだ。
出口だ……!
俺はそこへ向かって一心不乱に駆け抜ける。
ザ、ザザーッ……。
波の音……?
遮断されていた音が耳に流れ込み、瞼の裏から光が射し込む。
「カハッ……!」
俺は瞼を開けたと同時に飲み込んだ海水を吐き出した。
大きく酸素を取り込もうとしたが、気管に水が入ったのだろう、酷く咳き込んだ。
でも、俺生きてる。……生きてる!
「良かった……!」
噎せて咳き込む俺をがっしりした身体が抱き寄せた。この声、体。
「……せ、な?」
抱きつきたいけど、身体に力が入らない。夢じゃないよな?
辺りをゆっくり見回した。周りには風早、林田、永谷もいる。みんな安堵の表情だ。
永谷は半分泣いていた。
「お、俺のせいでお前殺しちゃったかと思って……」
「永谷、悪い……俺鈍くさくて……」
ぶんぶん横に顔を振る永谷の頭を林田がポンポンと宥めるように撫でる。
「……ところで、この人誰」
永谷は瀬名を指差した。
え?
慌てて瀬名の顔を見る。
涼しげな切れ長の瞳に、濡れた黒髪は前から後ろへかき上げられ、濡れた衣服が身体に張り付き、キレイな身体のラインを浮き彫りにしていた。
壮絶な色気を纏ったコイツは俺だけが知っている瀬名だった。
震える腕を伸ばし、瀬名の背中へ回す。
「……瀬名、……眼鏡無い」
「眼鏡は海に置いてきたよ」
永谷が唐突に叫んだ。
「え、え、こいつ、せ、せ、せせせ瀬名あああっ!?」
永谷の驚きっぷりに笑いが込み上げた。
「ふっ、ふはっ……」
俺が笑うと瀬名が困ったような顔を見せた。
「ん?」
「羽柴君……キスしていい?」
「……うん」
どちらからともなく、そっと唇が重ねられその瞬間、時が止まったかのようだった。
ゴホンッと態とらしい咳払い。
聞こえた風早の声にハッと我に返り、ぱっと瀬名から離れようと思ったが、体が言うことをきかず、のろのろと瀬名に回していた腕を下ろす。
「バーベキューどうする」
すると林田が少し考える仕草をして答えた。
「風早、羽柴は病み上がりだし、焼いた肉や野菜を部屋に運んでやればいいよ。瀬名、羽柴を部屋で休ませてやってくれ。宜しくな。それからありがとう。羽柴の友達として礼を言うよ。消防や救急を呼んでいたんじゃ間に合わなかったかもしれない。ありがとう」
「あぁ」
硬直しているのは永谷で、有り得ないものを見てしまったような表情だ。
風早がそんな永谷の肩に手を回して引き摺るように歩き出す。
残された俺は、改めて瀬名を見詰めた。
「俺のこと、助けてくれたのって、瀬名なの……?」
瀬名は黙って頷く。
「波に飲まれる瞬間を見たんだ。気付いたら身体が勝手に走り出して海に飛び込んでた」
そうだったんだ。何で瀬名だけが別荘に戻ってきたのかとか、色々聞きたいことはあったけど後でいいや。
今はこの温もりに包まれたい。
もう一度瀬名に抱きつくと、瀬名は俺をヒョイと持ち上げた。
「わ、これっ、お姫様抱っこじゃねーか!」
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