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エピローグ〜結ばれた赤い糸〜

結局瀬名は昨日の別行動で、お目当てのオタク系海のいえには行けず終いだったということで、俺達はそこを目指し隣のビーチへ向かうことにした。 「結構距離あるけど歩く?それともタクシー乗っちゃう?」 「俺は羽柴君と二人きりで並んで歩きたい」 「……そ」 堂々とそういう事を言う。恥ずかしいやつめ。肉体的にはあんなことしちゃってるけど、それとこれとは何だか違うんだ。とにかく恥ずかしい。 この特殊な状況でなければ真っ先にタクシー拾って目的地まで行っちゃうんだけど。 俺も瀬名も始まったばかりのこの関係に、真夏の光を浴びて、身も心も焼かれてしまいたかったのかもしれない。 隣に並んで暑い中、俺達は歩き出した。 「八雲の件は、本当に悪かった。俺が悪いんだ」 歩き出した途端瀬名が立ち止まり、すごい勢いでこっちに頭を下げた。 「お、おい、頭上げろよ。もう、済んだ事だし……な?……でも何で?」 瀬名はがばりと下げた頭をのそのそと起こし、俯きながらぼそぼそと話し始めた。 「……理解しにくい話だと思うけど、俺と八雲は漫画を描いている。所謂、お互いが相棒のような存在で」 漫画?相棒? あまりに唐突な告白。思考が全然追いつかない。 確かにオタクな瀬名とその仲間達ならば、そんなことがあってもおかしくない。 しかし正直驚いた。 「え!?は!?な、何々……漫画家なの!?え、まさかそれってプロデビューでもして仕事としてやってんの……?」 「いや、プロの漫画家ではなくて、素人の創作物だ。自費出版している」 自費出版!?自分で金かけて本作ってるってことか? プロじゃないにしてもそんなことそう簡単にできることじゃないだろう。 「えー!?すげーっ!でも自費出版って大分金かかんじゃないの?」 「ん、まぁその辺はおいおい説明するとして。で、八雲が作画担当、俺がストーリー担当でやっていたんだ」 「へぇ瀬名が漫画のあらすじ考えんのかぁ、びっくりだな!なぁ、八雲って絵上手いの?」 「あぁ、上手い。ヤツにマン筋を描かせたら右に出るものはいない」 「え、何?マン……?」 「いや、話の主旨はそこじゃない。悪い、脱線した。それにしても暑いね」 「だなー。な、あそこに自販機あるし、何か飲もっか」 「うん」 道端に設置された自販機は木々の下にあって丁度涼むことが出来た。 「羽柴君、ポカリでいい?」 「うん、さんきゅ」 瀬名の手からキンキンに冷えたスポーツドリンクの缶が手渡され、首筋にそれを当てる。 「んんっ、気持ちいーっ」 ふーっと一息ついて木の根元に腰を下ろした。プルタブをプシュッと開ける音も涼しげで耳に心地良い。 隣からもプルタブを押し上げる音がして瀬名に目を向ける。 缶からスポーツドリンクを飲む瀬名の喉が上下に動き、 妙になまめかしく感じて、ふいと視線を前に戻した。 「羽柴君……」 そんな俺に気付いたのか、瀬名の手が俺の顎を掬い瀬名の方へと引き寄せる。条件反射で目を閉じると、唇に冷たい感触。キスされた。 「あ、ごめん。羽柴君見てると、何かたまんなくなって……。あ、さっきの話の続きだけど……」 ちょっとした不意打ちで俺も驚いたけど、瀬名もこれは照れてるんだろうか? 歯切れの悪い口調。これは照れてるんだとしたらちょっと可愛い。 「羽柴君とヤらしいことをするようになってから、俺は漫画のストーリーが上手く考えられなくなった。暇さえあれば羽柴君のことばかり考えて、色々なことが手につかなくなってしまったんだ。そしてそれは八雲にとって非常に痛手だったわけで……ある時言われたんだ。瀬名は最近おかしいって」 俺には全然実感の湧かない現実味が薄い話を、ただ黙って時折頷きながら聞いていた。

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