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第75話

「八雲は描けないってことにかなり切羽詰まっていたみたいで、何度もどうしたのか詰め寄られた。そしてある日とうとう黙っていられず、言ってしまったんだ、羽柴君の事を」 「え……」 ってことは、八雲は前から俺と瀬名の関係を知っていたんだ……。 「八雲はその関係を切れと言ってきた。まぁ仕方ないよ。その頃は羽柴君俺達の事嫌ってただろ。八雲は俺が遊ばれてるんじゃないかって、心配してくれたんだ」 遊ばれてると思っていたのは俺も同じだ。 「だけど俺は羽柴君との関係をそのまま引き延ばし続けた。そこで八雲は強硬手段に出た。八雲は自分の教科書やら体操着やら私物をメチャクチャにして、自分は被害者だと狂言しその犯人を羽柴君に仕立てようとした」 そうだったんだ。俺はなんだかほっとしてしまった。 「俺、八雲は瀬名のことがもしかしたら好きなのかもって思ってた。けど違ってたんだな」 「それはないよ。八雲の恋愛対象は女性だから」 「そうか」 誰しもが瀬名に惚れてしまうんじゃないかなんて思った自分が恥ずかしい。 「それで終業式の日、体育館へ移動する際に人目を忍んで八雲が羽柴君の生徒手帳を……。ただ私物を荒らされたって言ってるだけならまだしも、犯人としての証拠をでっち上げようとしたんだ。羽柴君、ほんとにゴメン!」 「瀬名待って。もう、それはいいよ。それより俺は、八雲が恋敵じゃなくて安心した」 「……うん」 よっと腰を上げて、あっと言う間に空になった空き缶をゴミ箱に投げ入れて、また歩き出した。 「俺も、瀬名に聞きたいことがあるんだけど」 「何?」 瀬名は覚えているのかな。 「俺、琴音ちゃんちで襲われかけた時、お前助けてくれただろ」 「あぁ」 「あの時、瀬名は俺の事を好きじゃないと言った。実はその頃もう、俺は瀬名が好きだったみたいで、かなり落ち込んだ。……今はこうして俺の恋人になってくれたけど、俺のことやっぱり好きじゃなかった?って、今が良ければいいんだけどさ」 「それは……俺も羽柴君のこと好きだったけど言えなかった。始めは本当に羽柴君をからかってたんだけど、どんどん可愛く見えてくるし、俺羽柴君じゃないと抜けなくなっちゃうくらいで、ちょっとヤバかった」 「え、俺、オカズ!?」 瀬名はコクリと頷いた。かあっと顔が熱くなる。そんなこと言われたら瀬名が自家発電してる姿を想像しちゃうだろう!? 思わず手を頬に当てた。瀬名は続ける。 「俺は汚い手を使って脅迫めかした言葉で羽柴君のことをいいようにしてたから、好きって気持ちを伝えたら逃げられると思ったんだ」 「何で?」 「握った弱味がなくなる。そしたらもう 羽柴君と二人で会えなくなると思って」 ……そうだったんだ。 臆病になっていたのは俺だけじゃなかったんだ。 「俺も……本当の気持ちを伝えたら、もう飽きた、いらないって捨てられるような気がして怖かった」 瀬名はふっと笑って静かに首を横に振る。 肩を並べて歩いていると、お互いの手の甲がぶつかって、瀬名が俺の手をとった。互いの指と指をしっかり絡める。所謂恋人繋ぎってやつ。 「羽柴君、嫌?」 「誰も見てないし、いいよ」 炎天下のアスファルトを歩いてるのは俺と瀬名ぐらいなもんだろう。もう少しすれば隣のビーチが見えてくる。そしたら人が沢山いるかもしれない。それまでは……。

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