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第2話

梅雨に入り連日雨が続いた。 外に出ると、じっとりとした不快な空気に樹は顔をしかめる。 あの後、男からもらった傘が女物だと気付いた。歩きながら人の視線を感じ、傘をよく見ると白地に青い花模様のそれは、明らかに女性物の傘だった。気付いた途端、恥ずかしくなり、傘で顔を隠しながら家路まで帰った。 樹は大手ディーラーの営業をしていた。 その日、新車の見積りを頼まれた樹は、それを持って注文を受けた個人経営の整備工場へと赴いた。 鳴宮(なるみや)自動車の看板が目に入り、駐車場に車を止め事務所の入り口をノックすると、奥にいた事務員がこちらに目を向けたのを確認すると中に入る。 「こんにちは、S自販の水無瀬です」 中年の女性事務員は、樹に気付くと笑みを浮かべた。 「社長はいらっしゃいますか?頼まれた見積りお持ちしました」 「ああ、軽トラの?」 「そうです」 「あれ、うちの息子の友達のなのよ。今、呼んでくるわね」 そう言って、工場の方へ消えた。 (息子、いたんだ) この鳴宮自動車に息子がいたというのは初耳だった。社長と事務をしている奥さん、整備に確か二人の従業員がいたはずだ。 「ちょっと、座って待っててね」 そう言って麦茶を出してくれた。 「息子さん、いたんですか?」 「そうなの、別の所で板金やってたんだけど、うちも板金やる事になって呼び戻したのよ」 「お待たせー」 隣の扉が開くと頭にタオルを巻き、口にはマスクをした男が扉を潜るように現れた。 「初めまして。S自販営業の水無瀬と申します」 樹は立ち上がり、背筋を伸ばして男の前に立つと名刺を渡した。 「どうも」 男の名刺を受け取る手が止まった。 「あ!」 顔を上げると、男が目を丸くしている。 「この前の!」 男は、マスクを外す。 「あ!」 樹も思わず声をあげた。 先日、ずぶ濡れの自分に傘を貸してくれた、つなぎ姿の男だった。

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