3 / 9
第3話
「こ、この前はありがとうございました……」
頭を深々と下げた。
「風邪引かなかった?」
「はい、お陰様で」
思い出すと顔が熱くなり目を伏せた。
「これ、オレの名刺」
胸ポケットから、名刺入れを取り出し一枚渡された。
『鳴宮自動車 専務 鳴宮蒼介 』
名前の横に会社の電話番号と携帯番号が書いてあった。
「専務様なんですね」
「様って言わないで」
ソファにどかっと座り、タバコに火を点けた。樹もその向かいに腰を下ろし、鞄から見積書を取り出した。
「知り合いだったの?」
蒼介の前にも麦茶が置かれると、蒼介はそれを一気に飲み干した。
「傘を貸してくれたんです」
「あら、珍しく優しい事するじゃない」
クスリと蒼介の母は笑った。
「オレはいつも優しいでしょ。凄い偶然だな」
「傘、お返しします」
「あー、いいよ。女物の傘なんて使わないし」
「女性物だって気付かなくて、周りの視線で分かりました」
「元カノのなんだよ。だから、返さなくていい。それに、君ならあの傘似合いそうだ」
樹があの傘をさすのを想像したのか、ニヤリと口角を上げた。
「こっちこそ、ネクタイありがとう」
「すいません、あまり必要ないですよね」
無理矢理押し付けた上に、蒼介の職業柄あまり必要のないものだった事に自己嫌悪になる。
「いや!今月結婚式あって、ちょうど買おうと思ってたから助かった。センスいいな、君」
そう言って、薄っすらと優しい笑みを浮かべている。
あのネクタイをしている蒼介を想像すると、とても似合うと思った。
「で、見積もりなんですけど……」
すっかり仕事を忘れてしまいそうになった。見積書を手渡すと、塗装の付いた大きな手が伸びた。
「もっと値引きしてよー」
「それで、限界です」
「ケチー」
「その代わり、希望ナンバーはサービスします」
「あ、ほんと?」
蒼介はタバコを燻らせながら、見積書を見つめている。
その真剣な眼差しに一瞬目を奪われた。男の色気があると思った。その思考をかき消すように、膝に置いた拳をぎゅっと握った。
「ナンバー何にするか聞いておいて下さい」
「今、聞くからちょっと待って」
蒼介はそう言って、胸ポケットから携帯を取り出した。
暫く蒼介の電話のやり取りを、ぼうっと見つめた。クルクルと表情が変わり、見ていて飽きないと思った。ふと、樹に目線を向けると、ニコリと優しい笑みを向けられ、ドキリと心臓が大きく鳴った。
「え?たー坊来れないの⁈」
どうやら、全く違う話になっているようだった。
「うそー、男あと一人どうすんの?」
蒼介は顔を手で覆っている。
「あっ!いるわ、目の前に」
蒼介が樹を凝視している。
そのうち電話が切れると、
「水無瀬くん、今週の土曜日暇?」
唐突にそう言われた。
「まぁ、特に何も……」
恋人と別れた今、樹の休みのスケジュールは真っ白だった。
蒼介が、お願い!そう言って胸の前に手を合わせた。
ともだちにシェアしよう!