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第5話

蒼介と二人きりになるのは危険な気がした。だが、強く断る程の意思の強さもなかった。 部屋に通されると蒼介の匂いが樹を纏い、途端、落ち着かなくなる。 「コーヒーでいい?」 「あ、はい」 テレビとテーブル、ベットだけのシンプルなワンルームの部屋だった。 床に座ると、樹は部屋を見渡した。 「何もないんですね」 「物があると散らかすから」 蒼介が樹にコーヒーを出し、自分用に赤ワインとグラスをテーブルに置く。 「何人と連絡先交換した?」 蒼介に尋ねられ、二人です、そう素直に答えていた。 「ふーん……で、付き合うの?」 酔っているのか蒼介の目は少し据わっているように見えた。 「いえ、付き合いません」 (だって、女に興味ないから) そう言ったら、蒼介はどう思うのだろう。 気持ち悪いと嫌悪感を抱くのだろうか。 「あの時……泣いてたの?」 急に話が変わり、目を見開いた。 「なんで泣いてたの?」 樹は視線を落とすと、カチッとライターの音が聞こた。 「恋人に……振られたんです。あの日」 「そう、偶然だな。オレもあの日、失恋したんだ」 「え?」 「あの日、急な夕立だったから、きっと傘ないだろうと思って、駅まで傘持って迎え行ってやったんだ。そしたら、別の男と腕組んで歩いてた」 「だから、傘が女性用だったんですね」 「そう」 蒼介は自嘲気味に笑った。 変に思わないのか。恋人に振られた日に、プレゼントのネクタイを持っていた事を。それが何を意味するのかを。 「オレは、四年付き合ってた恋人に彼女ができたって言われて、振られました」 樹は蒼介に予防線を張ろうと思った。ノンケの蒼介なら、尚更だ。自分は、ゲイで蒼介は恋愛対象になるのが分かれば、これ以上距離を縮めて来る事はないだろう。今ならまだ間に合う。少しずつ蒼介に惹かれている自分にブレーキをかける事ができる、そう思った。 「あのネクタイは、その恋人にあげようと?」 「そうです。恋人は男でした。オレ、ゲイなんです」 樹は真っ直ぐ蒼介を見つめた。蒼介は表情を変える事なく、樹の視線を受け止めている。 「気持ち悪いですよね」 「気持ち悪くなんてないよ」 「……っ」 その言葉に涙が出そうになった。 「今日会った女性より、蒼介さんのが恋愛対象になるんですよ⁈気持ち悪いと思わないですか⁈」 「思わないよ」 蒼介の表情は嫌悪を帯びた様子は一切なかった。 「ずぶ濡れになりながら、雨に紛れて泣いてるおまえを見て綺麗だと思った。あれ以来、おまえの事が頭から離れなかった」 蒼介の手が樹の頬に添えられた。

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