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第6話

ダメだ……これ以上は……。 頭で分かっていても、蒼介の目に吸い込まれる。 蒼介の顔が近づいてくると、無意識に目を閉じていた。唇が重なり、蒼介の舌が歯列を割って入ってきた。 「んっ……」 唇が離れると、蒼介に抱きしめられた。 「今日、女たちに囲まれてる水無瀬くん見て、ずっとモヤモヤしてたよ」 「蒼介さん……」 「正直、自分が恋愛対象になるって聞いて、嬉しいって思う」 樹はぎゅっと目を瞑り、蒼介の胸を強く押した。 「酔ってるんですか……」 「酔ってないよ」 「軽々しく、こういう事しない方がいいですよ」 「水無瀬くん綺麗だし、有りかなって思うだけど、ダメかな?」 「男同士の恋愛程不毛なものはありません。元々ノンケなら尚更です。一瞬の気の迷いですよ」 掴まれていた腕をやんわりほどき、 「帰ります」 そう言って、腰を上げた。 「待って」 再び腕を掴まれたが、 「もう、オレは誰も好きにならないって決めたんです……」 そう言って蒼介の腕から離れ、逃げるように部屋を出た。 走って車まで行き乗り込んだ途端、涙が溢れ、樹の涙と連動するように雨が降り出してきた。 それから一週間が過ぎ、あれ以来、蒼介とは顔を合わせていない。 その日、新車購入してくれた蒼介の友達の荒井の家に、積載車で納車に向かった。飲み会にも参加していた荒井の家は大きな苺農家だという。 「こんにちは」 荒井の家に行くと、ちょうど三時休憩をしていた荒井が庭先で一服していた。母親らしい穏やかな年配の女性が頭を下げている。 軽トラックを積載車から降ろし、指定された車庫に車を入れた。 「ご苦労さん。一服していけよ」 そう言って、パイプ椅子を出され缶コーヒーを手渡された。 「そういや、あの後女子たちとはどうなったんだよ?」 荒井はタバコに火を点けながら、いやらしい笑みを浮かべて聞いてくる。 「何もないですよ。タイプじゃなかったんで……荒井さんは?」 「それがよー、一人と今いい感じでよ」 デレっとした顔を樹に向けた。 「蒼介さんは……どうだったんですか?」 「ああ、なんか一人、気に入られてみたいだな」 その言葉に樹は、ショックを受ける。 「良かったですね……」 「いや、でもあいつ、元カノとヨリが戻るかもしんねーからな」 「え?」 思わず動きが止まる。 「元カノから、ヨリ戻したいって連絡あったらしい」 「そう、なんですか……」 手元の缶コーヒーに目を落とす。 「それが原因かなんかわかんねーけど、最近あいつ元気ないんだよな……蒼介らしくもなく悩んでる感じ」 「いい事なんじゃないですか?ヨリ戻せるなら」 「でも、勝手だよ女も。二股かけといて、やっぱり蒼介じゃないとダメなのーってよ」 荒井のその言葉に缶コーヒーを両手でぎゅっと握った。 悔しいと思った。あの時、蒼介と距離が縮まりそうだったのを、自分が男という理由で無理矢理気持ちを閉じ込めたのに、そう思うと悔しくて堪らなかった。 だが、それが蒼介の為にはいいのだと思った。ヨリを戻して女性と普通の付き合いをした方がいい。そして結婚して幸せな家庭を築けばいい。優しそうな蒼介には、そういう人生が合っているのだと。 「ご馳走さまでした」 「あ、これ持って行けよ」 そう言って、苺を一箱貰った。

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