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第6話
大学の卒業式を終え、正明は正式に大津学園高校の教員として着任することになった。
晃明が使っていたカバン、スーツ、ネクタイを借りた正明は、鏡に映る自分の姿に兄の存在を感じた。
(お兄ちゃん、僕、お兄ちゃんの分まで頑張るからね…!!)
試合前に必ずやっていた、自分の頰を叩いて気合を入れる仕草をすると、正明は高校に向かった。
兄が使っていたパスケースに自分の定期券を入れ、兄が通勤していたのと同じように電車に乗った。
駅名が「学園前」ということだけあって、校舎は下車してすぐのところにあった。
生徒の姿はまだない。
校門をくぐり、善久から教えてもらっていた職員玄関から中に入る。
「おはようございます。随分早いですね」
「ヨシさ…いえ、教頭先生、おはようございます」
玄関に入ってすぐの廊下に、善久の姿があった。
「2人きりの時はいつも通りで良いですよ、正明くん。私もそうしますので」
善久はスマートな笑顔を見せる。
「今年の新任は君だけですので、時間まで少し校内を案内しましょう」
「ありがとうございます!」
善久の先導で、正明は校内を見回った。
「部活動は向こう側にある部活棟でやっていて、プールもあちらにあります。今日の始業式後に改めてご案内しますね」
「はい、ありがとうございます!!」
正明が笑顔を返すと、善久の表情が変わった。
「そのスーツとネクタイ、先輩のですよね。鞄も見覚えがあります…」
人気のない廊下で立ち止まる善久。
呟くように言うと、正明の腕を少し強引に引き、空き教室に連れ込んだ。
「え…っ!?」
正明は何が起きたのかすぐには分からなかった。
「あぁ…先輩の…晃明先輩の匂いがします…」
「よ…ヨシさん…??」
正明は善久の腕の中に抱かれ、首元に顔を寄せられていた。
長身の善久の腕の中に、小柄な正明の身体はすっぽりと収まってしまっていた。
「…晃明先輩…」
善久の熱い鼓動が伝わるくらいの抱擁。
(ヨシさん…お兄ちゃんのこと、思い出してるんだ…)
正明は何も言えず、その行為を受け入れていた。
しばらくすると、善久は我に返ったようで正明から離れる。
「すみません、つい取り乱してしまいました。君の姿が先輩に見えてしまいまして…」
「あ…だ…大丈夫です…」
正明はとりあえず言葉を返したが、それで良かったのか自信がなかった。
「時間ですので校長や関わりが深くなる先生方を紹介します。行きましょう」
思い詰めたような表情から、いつものクールな佇まいに戻る善久。
その後、善久の母である校長との対面を経て、正明は2-Aの担任である前山田彰一(まえやまだしょういち)を紹介された。
水泳部の指導教師の他に、兄が担当するはずだった2-Aの副担任の仕事もすることになっていたからだ。
「額田正明です。よろしくお願い致します!!」
「ふーん、晃明センセの弟だっけ?ヨロシクね」
細身で長い黒髪をポニーテールに束ねた彰一は、笑顔で正明に応えてくれた。
が、その笑みにはどこか妖しい雰囲気が漂っていた。
「お別れ会の時から思ってたんだけどさ、晃明センセにホント似てるね。キミもすぐ人気出るだろうね」
善久は校務があるということで席を外してしまい、正明は職員室で席が隣の彰一と話をしていた。
「キミも見たでしょ?晃明センセの人気ぶり。ウチの先生の中で晃明センセと教頭はダントツの人気でさ。本人たちは知らないけど、生徒たちがファンクラブ作ってるくらいなんだよね」
「はぁ…」
ニヤニヤしながら話す彰一。
正明は善久から招待された、学校主催の晃明のお別れ会で多くの生徒が晃明の死を悼み、泣いていたことを思いだした。
「オレ的にはあのふたり、晃明センセがアマテラスオオミカミ、教頭がツキヨミノミコトって感じなんだよね。誰からも好かれてた晃明センセに対して、教頭は人気もあるけど真の実力者っていうか…って、キミは教頭に声かけられて入った感じ?」
「.えぇ…まぁ…」
「ふーん…教頭、やっぱ晃明センセが忘れられないんだろうね。オレの予想だけど、教頭にとって晃明センセは絶対的な存在だったろうから」
「絶対的…」
「あの人、もう結婚しててもいいハズでしょ?次期理事長なんだろうし。でも、独身ってコトはきっと晃明センセのコト…」
『好きだったと思うよ』
と、彰一は正明に囁いた。
「え……??」
その言葉に、正明は驚く。
(ヨシさんが、お兄ちゃんを…?)
本当にそうなら、先程の善久の行為も理解できる。
けれど…。
「もしかして、男同士なのにって思った?
正明の疑問を、彰一がハッキリとした口調で言い切る。
「え…えっと…」
「好きになったらそんなコト関係なくなるんじゃない?晃明センセは全然気付いてなかったと思うけどね。キミ、ぼーっとしてたら教頭に食べられちゃいそうだから気をつけてね。…その気がないんだったら…」
困惑している正明に、彰一は終始ニヤニヤしながら話をしていた。
「あの…でも…教頭先生が好きだったのは僕じゃなくて兄だったとしたら、僕のことは…」
「甘いね。似てるって言ったじゃん、キミと晃明センセ。教頭がキミをこの学校に誘ったのも、晃明センセの代わりに自分の傍におきたいからだと思うよ。とにかく、キミが望まないならそうだってハッキリ言った方がいいよ」
「はぁ…」
善久のことは嫌いではない。
むしろ兄に代わり大切にしてもらい、ありがたいと思っている。
彰一の話が全て真実なら、自分はどうすべきなのだろうか。
正明はその答えを出せなかった。
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