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第8話

式を終えた正明は、彰一と共に2-Aの教室に入った。 「はーい、静かに。今日から1年間、このメンバーでやっていくから皆仲良くね。んじゃ、今日は1人ずつ自己紹介して少しでも名前と顔覚えていこうか。去年の在籍クラスと部活やってるヤツは部活も言ってね。こっちの列から順番に言ってって」 彰一が生徒たちに指示を出す。 それに対して、生徒たちは言われたとおり自己紹介をしていった。 正明は時折熱い視線を感じながら、彰一が渡してくれて名簿の空欄部分に生徒たちの部活や話していたことをメモしつつ、顔も見て覚えようとした。 終盤になり、正明はひとり他の生徒たちとは違う雰囲気の生徒を見つけた。 やや茶色の髪をした、どこかで見たことのあるようなシャープな顔立ち。 不機嫌そうにしている表情のその生徒は、正明と目が合うと切れ長の瞳で睨むように正明を見た。 「次、大津拓哉(たくや)」 その時、彰一がその生徒に声をかける。 「…大津拓哉。去年は1-Aで水泳部」 生徒は面倒くさいと言わんばかりの口調で言った。 (大津拓哉くん…水泳部かぁ…) 善久と同じ苗字。 そういえば拓哉は善久に似ているような気がした。 その疑問をすぐに解決したい正明だったが、ホームルームが終わり下校時間になると生徒たちに囲まれて身動きが取れなくなっていた。 学生時代も何度かあったことで、当たり障りないことを言って笑顔で切り抜ければいい事を、正明は今までの経験から学んでいた。 それでもなかなか減らない生徒の数。 どうしようかと思っていると、善久の声で正明に職員室へ戻るよう放送が流れた。 「あっ、ごめんね。呼ばれちゃったから行くね!気をつけて帰ってね!また明日!!」 それを理由に、正明は足早に職員室へ向かった。 「失礼します」 職員室に戻ると、そこには善久の姿があった。 「もう生徒たちから慕われている様ですね、正明くん」 「ヨシさん…ありがとうございます…」 笑顔で迎えてくれる善久に、正明も笑顔でお礼を言う。 「なかなか戻って来ないので心配しましたよ。今日、水泳部は午後1時からミーティングがあるということですのでそれまでの間に一緒に食事でもどうですか?」 「あ…はい、ありがとうございます。ご一緒させてください…」 彰一に言われたこと気になるものの、善久と一緒にいることは決して嫌ではなく、むしろ心地よい時間だと思う。 正明は断る理由もなかったので、善久の誘いに乗り、徒歩で行けるくらい近くの喫茶店に向かっていた。 「ここのカツサンドが美味しいんです。先輩とここに来るといつも頼んで一緒に食べていました」 「そうなんですね。じゃあそれにします」 カツサンドとコーヒーを2人分頼んでくれる善久。 (お兄ちゃん、ヨシさんとこういうお店にも来てたんだ…) カウンター席しかない、こじんまりとした古風という言葉が合う喫茶店。 席に座った2人の距離は近く、互いの脚が少し触れるほどだった。 正明は一瞬ドギマギしたが、善久が気にしていない様だったので気にしないようにした。 「今日はどうでしたか?」 「今までにない緊張を感じました。でも、なんとか頑張っていこうって思いました」 「そうですか。君は大舞台に慣れているから落ち着いて話をしていると思って見ていました。先輩が初めてうちに来た時も生徒たちに囲まれてすごかったんです。あの時も私が放送で先輩を呼び出してようやく職員室に戻ったんですよ…」 「あ…その話、お兄ちゃんから聞いたと思います…」 正明の脳裏に、晃明が大津学園高校に赴任した初日に話した思い出が浮かんでくる。 『正明、ヨシの学校やべーわ。俺、アイドルか何かと間違われてんじゃねーかくらい生徒に囲まれてさ。俺のこと可愛いだの素敵だの言ってきて、ヨシが放送で呼んでくれなかったらずっと囲まれたまんまだったと思う。嫌われるよりはいいんだろうけどさぁ…』 その話を善久にもすると、善久は嬉しそうに笑ったように見えた。 「先輩、そんな話をしていたんですね」 「はい、ヨシさんがいなかったらやっていけてないって話もしていました」 「そんな事はないと思います。むしろ、私の方が先輩にずっと助けられていたんです…」 善久の表情が一瞬曇ったように、正明には見えた。 「話題を変えましょう。2ーAの前山田先生ですが、少し風変わりではありますが信頼できる先生ですので、クラスの事で困った事があれば相談していくと良いでしょう」 「はい、そうします。あの…」 カツサンドを食べ終えると、正明は善久に拓哉の事を聞いていた。 「あぁ…言い忘れていましたね。拓哉は私の甥です。弟の一人息子なんですよ。私たちが水泳をやっていたこともあり、彼も小さい頃からずっと水泳をやっているんですが、最近あまりタイムが伸びていないようで悩んでいる様です」 「そうなんですか…」 善久はため息をつき、ゆっくりと話をした。 「昔は素直で私も遊んだり一緒に泳いだりしたものですが、中学生になってからは私を避けるようになりました。それから、どう接していいか分からずにいます。弟も拓哉の力になりたいと思っている様ですが、話をしようとしても無視されると話していました…」 「そうだったんですね…」 自分にもそういう時期があった。 その時の経験を伝えられたら、と正明は思った。

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