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第14話

翌日、正明は何事もなかったように出勤した。 「おはよ、正明センセ。こないだ何かあった?教頭が保健室にキミを運ぶトコ、遠くからだけど見たんだよね」 職員室に入って自分の席に向かうと、彰一が声をかけてくる。 善久の姿はそこにはなかった。 「あ…すみません、実は入学式の後急に熱が…」 正明が話し始めると、彰一は正明の腕を引っ張り、 「それ、ウソでしょ?ホントは教頭に食べられちゃったんじゃない?その後しばらく保健室のカーテン閉まってたの知ってるよ」 と、耳元で言ってくる。 「え…えっと…」 「大丈夫。オレ、助けられないけど代わりに誰にも言わないから」 正明が返答に困っていると、彰一はニヤニヤしながら言った。 「教頭、よっぽどのコトがあったんじゃない?キミが襲われそうになったとか」 「どうして分かるんですか?」 的を射た彰一の言葉に、正明は思わず聞いてしまう。 「んー、だって教頭そういうコトしそうだから。晃明センセの時はそこまでのコトがなかったのと自分が手を出して嫌われたくないっていうのがあったんだろうケド、それで晃明センセと恋人になれなかったからキミのコトは絶対モノにしようって思ったんじゃないかな。で、正明センセはそれでいいの?あの人きっと大切にはしてくれるだろうけど、晃明センセの代わりだよ?」 「…はい、分かっています。でも、教頭先生のことは僕も大切な人だと思っていて、少しでも役に立てたらって思っているので…」 彰一の読みの正しさに、正明は驚きながら返答した。 「ふーん、正明センセがそれでいいならいいんだけどさ。ま、何かあっても教頭がどうにかするんだろうけど、オレ以外にバレないように気をつけてね」 「は…はい…」 「んじゃ、オレはホームルームあるから行くわ。正明センセは何時間目から授業?」 「3時間目です」 「そっか、初授業頑張ってね」 「ありがとうございます」 彰一が先に職員室を出て行く。 正明は授業までに少し余裕があったので、今日使う予定の教材の確認をしに数学準備室に行くことにした。 数学の授業に必要なものはこの教室に全て保管されていて、使用したら必ずこの教室に戻すことになっていた。 (えーと…3時間目は1-Cで…) 職員室から出て、手帳の先頭に貼った自分の時間割を見ながら廊下を歩く正明。 「あ、正明先生」 そこに、拓哉が通りかかる。 「拓哉くん!?今、ホームルームの時間だよ。早く教室行かないと」 「面倒臭えからいいわ。それより熱、もういいのかよ」 正明の進路を塞ぐように立っている拓哉。 今日も気怠そうな表情だった。 「あ…うん、もう大丈夫。ごめんね、練習行けなくて」 「…今日は来るんだよな?」 「うん、今日は必ず」 「休んだら承知しねえぞ」 拓哉に睨まれ、正明はドキッとしてしまう。 「や…休まないから。だから拓哉くんもちゃんと授業受けてね。じゃないと僕、練習付き合えないよ」 「んだよ、それ」 「交換条件だよ。僕、君にはちゃんと授業に出て欲しいんだ」 ドキドキしながらも、正明は拓哉に諭す。 「アンタ、やっぱ変わってるな。オレにそんなこと言ってきたの、アンタが初めて」 正明の言葉に、拓哉の表情が変わった。 善久に似た、口元だけ緩ませて浮かべる笑顔。 「んじゃ、テキトーに授業出るわ、正明先生」 「ちゃんと集中してね!」 正明が言うと、拓哉は背を向けて歩いていたが右腕を挙げて応えた。 「はぁ…良かった、話できないかと思った…」 拓哉がいなくなってから、正明は大きなため息が出たものの、安堵していた。 初めての授業をなんとか終えると、正明はその日あった他の2クラスの授業も無事にこなすことが出来た。 教材を片付けると、部活棟に向かい、守衛から水泳部の鍵の有無を聞き、誠が来ていることを知ると早足で部室に急いだ。 「失礼します」 「おーお疲れ、熱、大丈夫か?」 「はい、ご迷惑おかけしてすみません」 鍵の開いた部室では、誠が部員たちの練習メニューを確認していた。 「いや、マジ困ったわ。タクヤがお前来ないなら帰るってサボりやがった」 「すみません…」 「仕方ねーよ、自分で連絡できねーくらい辛かったんだろ?ヨシがいてくれて良かったな」 正明が頭を下げると、誠は豪快に笑いながら言う。 善久との関係は気づかれなかったようだ。 「拓哉くん、今日は大丈夫だと思います。朝、僕と約束したので、それを守ってくれたら…」 そう話していたら、拓哉が部室に入ってくる。 「お、珍しく早えな」 「………」 誠を睨みつけると、拓哉は無言で更衣室に入っていく。 「あ…僕も準備して行きますね…」 それを見た正明は、拓哉に続いて更衣室に入って着替えていた。 「先生、他のヤツら来るまでに泳ぎ見て欲しい」 「うん、分かった」 拓哉は正明の姿を見つけると話しかけてくる。 正明は拓哉の申し出を快諾していた。 早足の拓哉に続いてプールに向かった正明は、一緒に準備運動をした。 拓哉はそれが終わるとすぐにプールに入り、クロールで泳ぎ始める。 時間を気にしているからか、泳ぎ方が乱雑に見える。 「25mでいいからゆっくり泳いで!!焦ってて動きに無駄が多いよ!!」 正明は泳いでいる拓哉に向かって叫んでいた。 すると、拓哉はスピードを落とし、ゆっくりと泳いでいく。 「うん、いいよ!!腕の動き、前に前にって意識して!でも気持ちは焦らないで!!」 正明の言葉が伝わったのか、拓哉のフォームは少しずつ良くなっていった。 50mを泳いだところで真広と司がやって来たので、拓哉は泳ぐのを止めていた。 「お疲れ様っス」 「お疲れ様です、正明先生」 「お疲れ様。みんなじきに集まるかな?」 「はい、今着替えている部員がほとんどです」 「分かった。じゃあ全員揃ったら準備体操だね」 正明とふたりが話していると、拓哉はプールサイドの端でひとり柔軟体操をはじめていた。 「先生、タクヤもう泳いだんスか?」 「うん、50mだけど1番早く来て泳いだよ」 「珍しいな、明日雪が降りそう」 「言い過ぎだよ、真広」 驚いている真広を嗜める司。 「でも、彼の意識が変わったのは良いと思います」 ニコニコしながら、司は拓哉を見ていた。 「オレたちも負けてられねーな、司」 「そうだね」 この日、拓哉は部活前と後とでプールに入り、正明の指導を受けた。 部員たちは月末にある市の大会に向け、今日から本格的な練習が始まり、正明も積極的に指導に関わった。 大会には全部員が参加することになっていたが、団体戦としてメドレーリレーがあり、選手の選考もしなければならなかった。 「今週末までにタイム見て決めて、来週からはその練習もしねーとな。マサアキ、そっちの指導、任せていいか?」 「はい、わかりました!」 授業と部活との日々で、善久ともあまり話をすることもなくあっという間に金曜日になっていた。 学園は日曜は休校ではあるものの、土曜は新入生歓迎会とメドレーリレーに出る選手の選考をすることになったので、先週ほどゆっくりはできなさそうだった。

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