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第17話
体育教官室を出ると、正明は手早く着替えを済ませて水泳部の部室に向かった。
「お疲れ様です」
「お疲れ!タクヤ、もうプール行っちまったぜ。アイツ、スゲー気合入ってきてるわ」
「分かりました、行って様子見てきますね」
「おう!よろしく頼む」
誠と手短に挨拶すると、正明は急いで着替えてプールに向かった。
拓哉はもう泳いでいて、その泳ぎは昨日指導した時より更に良くなっていた。
「あの泳ぎ…昔の彼よりずっといいです…」
準備運動をしていると、司が近くに座って言った。
「そうなんだ…」
拓哉は最近、『泳ぐのが楽しかった時を思い出してきて、今は泳ぐのがいつも楽しくていい気持ちになる』と話していた。
「先生はすごいんですね。誠コーチが苦労していた彼を復活させられるなんて」
「そんなことないよ。拓哉くんが努力したから結果が出ただけのことだし」
司と準備運動をしていると、正明は拓哉に呼ばれた。
「先生、オレの相手してくれねーか?50mでいいから本気で泳いで」
「うん、いいよ。本気でクロールやればいいんだね」
準備運動を終えると、正明はプールに入る。
「司くん、スタートの掛け声だけお願い!」
「はい!じゃあいきますよ、よーい、スタート!!」
正明は本気で泳ぎ始めた。
(拓哉くんのためにも本気で泳がなくちゃ…)
水の流れに身を委ね、決して抗わない。
先程までローターが収まっていたところに水が沢山入ってきているような気がして変な感じがしたものの、気にしないようにして正明は泳いだ。
泳ぎきった時には部員たちが集まっていて、正明は5m程の差で拓哉より先にゴールしていた。
正明の勝利に、部員たちが歓声を上げる。
「スゲー!!さすが元オリンピック候補だな」
「あぁ、フォームも無駄がなくてキレイだった」
「でも、タクヤも先生に追いつきそうだったからスゲーわ」
「クソ…っ…!!」
拓哉は悔しさからか、思い切り水面を叩く。
その水飛沫に、部員たちは一斉に口を閉じてしまっていた。
「惜しかったね。100mなら君が勝ってたよ」
「…マジムカつく…」
拓哉は悔しそうな表情を浮かべていた。
「この調子なら明日はきっと大丈夫だよ。不安ならクロールの人ともう一度泳いでみればいいんじゃないかな』
「…わかった、そうする」
その日、拓哉はひとり気ままにやることなく、最初から最後まで部員たちと共に練習に参加した。
「先生、今度はオレと100m個人メドレーで対決してもらえますか?」
「うん、いいよ、高取くん。大会前にでもやろう!」
「ありがとうございます!じゃあまた明日!!」
「うん、お疲れ様。明日頑張ってね」
ひとり、またひとりと更衣室に向かい、下校していく。
拓哉はまだプールから出ず、ゆっくり泳いでいた。
部員たちと同じように練習していた拓哉。
3年生との50mクロールでは、かなりの差をつけて先着していた。
「拓哉くん、明日のために少しでも長くおうちで休んだ方が良いよ!泳ぐのあと50mだけにして!!」
ゆったりと、気持ち良さそうに泳いでいた拓哉だったが、正明の声を聞いて50m泳いだところでプールから上がった。
誠は明日の準備のために先に部室に戻ってしまい、プールには拓哉と正明だけになった。
「先生、少し手抜いた?」
「抜いてないよ。最後までスタミナ持たなかったんだ」
「ふーん……」
バスタオルで身体を拭きながら聞いてくる拓哉。
正明はあの違和感からスピードが完全に出し切れていなかったが、それを拓哉に言えるわけがなかった。
「あのさ、もし明日オレがメドレーリレーの代表に選ばれたら、今度デートしてくれねーか?」
「えっ?デート?」
「先生と海に行きてーんだ」
少し照れ臭さそうに言う拓哉。
正明は返す言葉が見つからない。
善久が絶対に許さないが、断って拓哉がやる気をなくしてしまわないか心配だった。
(って、デートってどういうつもりなんだろう…)
「うーん、これから大会も続くし、テストも入ってくるから、ちょっと考えさせて」
「んじゃ、先生にキスさせて」
「はい…?」
「それならいいだろ?練習の前とか後とかふたりきりになればいいだけだし」
突然の拓哉からのキスしたい発言に、正明はますます返す言葉が見つからなかった。
(え…これって…もしかして…)
「オレ、先生のコト、好きだから」
「………!!」
正明の予感が当たる。
「今すぐどうこうしたい訳じゃねーから。オレが勝手に好きなだけだし。でも、キスは約束だから。じゃ、お疲れ」
正明が呆然としていると、拓哉は顔を赤らめながら足早に更衣室に行ってしまう。
(どうしよう…拓哉くんが僕の事…好きだなんて…)
善久には決して知られてはいけない秘密ができてしまい、正明は途方に暮れていた。
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