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第19話

「大丈夫ですか?正明くん…」 「は…はい…なんとか…」 ほぼ続けて5回も射精してしまった正明は、全てが終わると立てなくなっていた。 「すみません、君の表情が可愛くてつい我を忘れてしまいました…」 善久は動けない正明にパジャマを着せ、ベッドまで運んでくれた。 照れくさそうに言うその表情は、今日の拓哉に似ていた。 (拓哉くん…) 不意に、正明は拓哉からの告白を思い出してしまう。 (拓哉くんはこんな僕のことを知らないから、あんなことが言えるんだろうなぁ…) 快楽に溺れている自分が浅ましいと正明は思った。 「…大丈夫ですか?痛みますか?」 「あ…いえ…大丈夫です…」 「明日は私の方が先に行かなければいけませんので、正明くんは後から時間までに来てください。鍵はテーブルの上に置いておきますから…」 そう言って、善久は正明にキスをする。 「そろそろ眠った方が良いですね。明日に響いては困りますから」 「そうですね。おやすみなさい…」 日付が変わる少し前に、ふたりは眠りに堕ちた。 翌日、正明は善久と同じ時間に起きたものの、少し遅れて出勤していた。 新入生歓迎会では部活動の紹介があり、代表してキャプテンの真広と副キャプテンの司がステージに立って挨拶していた。 誠から、推薦入学者で4名の入部は決まっていることは聞いていたが、あと何人か入部希望者がいるかもしれないという話も聞き、正明はひとりでも多くの部員が増えたらいいなと思った。 歓迎会の後、昼食を挟んで水泳部の選考会が始まった。 正明はタイムを記録する係になり、プールから少し離れた所で見届けることになった。 「よし、まず背泳ぎから!」 誠が部員たちに言う。 選考会は個人メドレーの部員以外は出場予定種目ごとに学年関係なく50mを泳ぎ、一番いいタイムの部員を代表にすることになっていて、個人メドレーの部員は出場したい種目のどれかひとつを選ぶことになっていた。 背泳ぎは司、平泳ぎは真広、バタフライも3年生の巻勇一郎(ゆういちろう)が選ばれ、最後に拓哉が出場予定種目のクロールの番になる。 候補者は拓哉を入れて3名だった。 「先生、約束忘れんなよ」 スタート直前、拓哉はわざわざ正明に耳打ちしに来ていた。 「う…うん…」 その迫力に押され、正明は頷いてしまっていた。 「よーい、スタート!!」 誠の声でクロールの選考会が始まる。 拓哉は周囲に流されることなく、安定した泳ぎで一番いいタイムをたたき出す。 文句なしの代表入りだった。 (拓哉くん、すごくいい泳ぎだった…けど…) 正明は拓哉の言葉を思い出す。 『先生にキスさせて』 (拓哉くんは…僕のどこに惹かれたんだろう…) そう思いながら拓哉を見ると、目が合ってしまう。 拓哉は口元だけを綻ばせて笑っていた。 「みんな、お疲れさん!!これで代表選考会は終了する。今日は代表以外は16時まで自主練、代表は7コースで15時まで練習の後、16時まで自主練だ!いいな?」 「はい!!」 誠の声と、それに呼応する部員たちの声。 正明にはそれが遙か遠くで起こっている出来事のように感じた。 部活中、全員で清掃を行い解散することになったので、正明は拓哉とふたりきりになることはなかった。 善久からはまだ連絡がなかったので、正明は先に帰宅し、夕食を作っておこうと考えた。 材料を買うために駅前のスーパーにまず向かおうと、校門をくぐる正明。 「先生、ちょっと…」 「…拓哉くん…」 すると、校門の前に先に部室を出た拓哉がいた。 「約束、忘れてねぇよな。ついて来て」 「え…あ…」 拓哉は半ば強引に正明の手を引いて歩き出す。  駅とは反対方向にある公園の身障者用トイレ。 正明はそこに引き込まれていた。 「こんなトコで悪ぃけど…」 壁に背をつけるようにさせられた正明は、拓哉のキスを受け入れるしかなかった。 「ふぁ…っ…」 びっくりするくらいの大人のキスに、正明は身体を震わせてしまう。 「先生の顔、超可愛い。いっつもこんな顔見せてんの?ヨシヒサさんに」 「え…っ…?」 頬を撫でながら言う拓哉の言葉に、正明は凍りついた。 「先生、ヨシヒサさんと付き合ってんの?昨日教官室で何かシてたよな?」 拓哉の表情が険しくなっていく。 「答えろよ、先生」 「あう…っ…」 拓哉は少し乱暴に正明の股間に触れていた。 「ヨシヒサさんが好きなのは先生じゃねぇ、晃明先生だろ?それなのに何で先生と…」 「それは…僕が兄に似ているからで…」 拓哉に責められ、正明は恐る恐る口を開く。 「はぁ?先生は先生だろ。確かに晃明先生と似てるとはオレも思ったけど、同じじゃねぇ!!」 「たくやく…んんっ…!!」 声を荒げて言った後、拓哉は再び正明にキスをする。 先程のものよりも、善久のよりも激しい、少し乱暴なキスだった。 「なぁ、先生はそれでいいのか?晃明先生の代わりでヨシヒサさんと付き合って幸せなのかよ?オレはヨシヒサさんとは違う。誰の代わりでもない、理事長の孫とか関係なくオレをちゃんとひとりの人間として見てくれる先生が好きだ…」 「拓哉くん…」 そう言った拓哉の目から涙がこぼれたのを、正明は見た。 「…ごめんね、君が思うような僕じゃなくて…」 正明は拓哉を抱き締めると、背中をさする。 拓哉が純粋に自分を好きになってくれたことは本当に嬉しかったが、同時に申し訳なかった。 「何でだよ、全然分かんねぇ」 「正直、僕もまだ気持ちの整理がついていないんだ。ヨシさんは僕にとって大切な恩人ではあるけど、好きとは違うとは思ってる。ヨシさんが兄のことをものすごく愛していて、兄と結ばれなかったから兄に似た僕を誰にも渡したくないって話もされたけど…」 話をしているうちに、正明の目にも涙があふれてくる。 「先生、ホントは嫌なんじゃねーの?じゃなかったら悩んだり泣いたりしねぇって」 「ごめ…分かんないんだ…」 「先生…」 泣いている正明を、拓哉は黙って抱き締めた。 「…オレ、そーゆーコトなら先生のコトずっと好きでいる。先生はオレのコトが好きになったら教えて。それまではもうキスとかこういうコトもしないから」 長い抱擁の後、拓哉はそう言って正明から離れた。  「帰りどっち?近くまで送るから」 「…拓哉くん、それはこっちのセリフだよ…」 精一杯背伸びをして自分を想ってくれる拓哉を、正明は愛おしいと思った。 ふたりは公園を出ると、駅で別れた。 正明の中に差した一筋の光。 兄ではなく自分を好きだと言ってくれた拓哉の存在が、正明を前に進ませようとしていた。

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