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第20話
拓哉とのやりとりの間にも善久からは連絡がなかったので、正明は予定通り買い物をして善久の家に向かい、夕食を作った。
今日はサラダ、味噌汁、親子丼にしていた。
親子丼は晃明が弁当にすると喜ぶメニューだったりする。
「何の連絡もしないままですみません。急な打ち合わせが入ってしまって…」
「大丈夫です、お疲れ様でした」
「食事、用意してくれたんですね、ありがとうございます」
善久は笑顔を見せ、正明にキスをした。
「さっき出来たばかりなので、今テーブルに用意しますね」
「そうですね、冷めないうちにいただきます…」
キスをされたら今まではドキドキしたのに、今は胸がズキっとした。
そんな自分を出さないように、正明は努めた。
「親子丼ですか。先輩、昼食が親子丼の時はいつも美味しいって喜んでいました。確かにすごく美味しいです」
「ありがとうございます」
考えないようにしても、拓哉の存在を忘れることができなかった。
ふたりが似ているからかもしれない、と正明は思った。
(それって…ヨシさんが僕をお兄ちゃんだと思いたいのと同じだよね…)
善久が自分に晃明の姿を思い描くように、正明も拓哉の姿を想像してしまう。
会話をしても、抱かれていても。
善久だと分かっているのに、拓哉だと思ってしまう自分がいた。
そして拓哉にされていると思えば思うほど、正明は興奮していく自分に気づく。
(あぁ…僕はなんて醜いんだろう。こんな僕でも好きだと言ってくれる人がいるのに…)
変わりたい。
いや、変わらなければならない。
善久に抱かれた後、正明は心に決めた。
善久から離れよう。
亡き兄の代わりとして必要とされるのではなく、自分自身を必要としてくれる人のそばにいようと。
とはいえ、平日は仕事で忙しく、自分のの想いを善久に伝える余裕はなかった。
善久も忙しそうで、廊下ですれ違うくらいで会話さえままならない。
拓哉とは部活で顔を合わせるが、正明に言ったことを守るつもりなのか、必要最低限のやりとりしかしてこなかった。
それが正明にとって、少し寂しく感じた。
「アイツ、代表に決まったこともあるのか変わったな。前よりも真面目に練習するようになったし」
「そうですね。まだまだタイムを縮められそうです」
「あぁ。そういやマサアキは何飲みたい?明日だろ?飲み会」
「あ…そうでしたね…」
練習中、誠に言われて正明は自宅で誠と善久と飲むことを思い出す。
再来週と言っていた飲み会だったが、善久や誠の都合が悪くなり延び延びになっていた。
「ビールでいいか?」
「はい、大丈夫です。僕、あまり飲めないんですが」
「オッケー!!大丈夫、オレも大したことねーから」
そう言って豪快に笑う誠。
明日、善久に言えるタイミングは来るのだろうか。
正明は誠に笑顔を返しながら、そんなことを思った。
土曜日。
正明は夜の準備をしたいということで、昨日は善久の家に泊まらなかった。
善久も誠に、一緒に買い物に行くという話をされていたということで、正明の申し出を受け入れてくれていた。
18時にふたりが来るというので、正明はそれまでに学校関係の仕事を片付け、掃除をしたり酒のつまみになりそうなものを作ったりしていた。
ふたりは、18時を少し過ぎた頃に来宅した。
「お邪魔しまーす!!」
「お邪魔します…」
誠はジャージ姿ではなく、白のパーカーにジーンズ、善久はグレンチェックのボタンシャツに黒のジーンズ姿だった。
「ヒロ、お前の分も買ってきたぞー!!」
「ありがとうございます、誠さん」
誠は晃明が好きだった銘柄のビールを買ってきていて、仏壇に6缶パックのまま置いてくれた。
「これだけあれば充分だろ。アイツのコトだからもしかして足りねーって思うかもしんねーけど」
「先輩、このビール好きでしたよね。誰よりも沢山飲んでいた印象があります…」
善久はそう言いながら晃明の遺影を見つめる。
正明と善久とで選んだ、今年の卒業生の謝恩会での晃明の写真。
満面の笑みを浮かべたその写真は、誠が善久とのツーショットで撮ったものだった。
「こん時もめっちゃ飲んでたよな、ヒロは。オレもヨシもつぶれてヒロがタクシー呼んでくれたんだっけ」
「そうでしたね…」
晃明の話をしている時の善久は、終始遺影に目を向けていた。
(やっぱり、ヨシさんにとってお兄ちゃん以上に好きになる人はいないんだ…)
料理を並べながら、正明は善久の様子を見てそう感じた。
「おっ、めっちゃスゲーじゃん!これ全部手作り?」
「はい、そうです!お口に合えばいいんですけど…」
正明はテーブルに誠たちが買ってきてくれたオードブルの他に、自作のおつまみも並べた。
「どれも美味しそうですね」
「ありがとうございます」
正明はアボカドとエビのサラダ、アスパラベーコン、餃子の皮にチーズ、お餅、明太子を入れて揚げたおつまみを作っていた。
全て、以前晃明から好評だったものばかりだった。
「よし!じゃあ乾杯しようぜ!ヒロも一緒に!!」
誠は仏壇から晃明の写真を持ってくる。
「マサアキ、コップもう1個持ってきてくれ。ヒロの分も入れるから」
「はい、分かりました」
正明はすぐにコップを用意した。
「んじゃ、みんなお疲れってコトで乾杯!!」
「乾杯!!」
誠の音頭で乾杯すると、ひとりずつ晃明のグラスと乾杯する。
誠は最初のビールを一気に飲み干していた。
「はーっ、うめーな、ヒロ」
「誠先輩、最初からそんなに飛ばしたらすぐつぶれますよ」
「大丈夫だって。飯も食ったりするし」
善久が冷ややかに言っても、誠は動じない。
が、善久が指摘した通り、ハイペースで飲んだ誠は飲み始めて1時間を過ぎた辺りでかなり酔いが回っていた。
「ヨシ、マサアキ、お前ら全然飲んでねーぞ!!」
「そんな事はありません。先輩が言うので私も正明くんも相当飲んでいますよ」
誠とはほぼ同じ量をゆっくりと飲んでいた善久と正明。
「マサアキ、お前ヒロと同じで全然顔に出ねーんだな」
「はい、そうなんです…」
顔が若干赤い善久に対し、正明はどんなに飲んでも顔に出ない体質だった。
それは兄、晃明も同じだったりする。
「お前らそこまでソックリか。そりゃヨシが放っとかねーワケだぁ」
笑いながら言う誠に、善久がぴくりと反応する。
「当然の事です。晃明先輩が大切に思っていた弟さんですから」
善久も酔っているのか、いつもより少し声が大きかった。
「ヨシ、お前やっぱ…」
何かを言いかけたところで、誠は倒れてしまう。
「ま…誠さん…!?」
「大丈夫ですよ、飲み過ぎたらいつもこうなってしばらく寝てるだけですから」
「…いきなり寝てしまうんですね…」
ぐーぐーと寝息を立てている誠を、正明は善久と眺めていた。
「君は全然酔っていなさそうですね、正明くん」
「いえ、そんなことはないんですが…」
誠がいるということで、正明は仕事の延長だと思っていたからなのかいつもよりは酔っていなかった。
「君は本当に先輩に似ていますね…」
正明にゆっくり近づくと、善久は正明の顎を持ち上げる。
「ちょっ…んん…っ…!!」
眠っているとはいえ、誠がいるのに善久は激しいキスをしてきた。
舌を絡ませられることでアルコールも一緒に流れてくるようで、正明は身体が熱くなっていくのを感じた。
「はぁ…っ…待ってください…っ」
酔っていても、あの時の…拓哉に熱いキスをされた時のことが思い出される。
正明は自らの身体に触れようとしている善久を制止しようとしていた。
「何故です?いつもしているじゃないですか」
「そうですけど…誠さんいるし、それに…お兄ちゃんに見られている感じがして嫌です…」
晃明の名前を出すと、善久の動きが止まる。
「晃明先輩が見ているとしたら、私の事をどう思うでしょうか…」
急にしおらしくなる善久。
「愚かですね、私は。君が断らない事をいい事に、自分の欲求を満たすために君を利用している…。そんな私を見たら、先輩はもう私の事など嫌いになるに違いありません…」
「ヨシさん…」
俯く善久に、正明はどう声をかけていいか迷っていた。
『ヨシ!!みっともねーコト言ってんじゃねーよ!!らしくねーぞ!!』
すると、どこからか晃明の声が聞こえてくる。
「お兄…ちゃん…?」
見ると、仏壇の前に以前夢で見た時と同じ服装の晃明が立っていた。
「晃明先輩…」
その姿は善久にも見えているようだった。
「先輩…どうして…」
「俺にもよく分かんねーけど、お前ら酔っ払ってるから見えるんじゃね?俺のコト」
身体は透けてはいるが、声はハッキリと聞こえていた。
『ヨシ、今までホントに悪かったな。お前がそこまで俺のコト好きでいてくれてたことに全然気付かなくて。正明のコトも面倒見てくれてありがとな』
「謝らなければならないのは私です、晃明先輩。私は先輩の大切な弟さんである正明くんを利用し、傷つけてしまいました。全ては私が想いを伝えなかったばかりに…」
善久は涙ながらに話し、言葉を詰まらせていた。
そんな善久を晃明は抱き締めようとするが、透けた身体では叶わなかった。
『もーいいから。お前の気持ちは正明にも伝わってるからこれ以上謝るな。な?正明』
「は…はい。僕にとってヨシさんは恩人です。お兄ちゃんがいなくなってしまってからずっと支えていただき、本当に感謝しています。でも…僕はお兄ちゃんの代わりになれないし、ありのままの僕を好きだと言ってくれた人の想いに応えたいです…」
正明も泣きながら言った。
『ヨシ、俺はお前にもう触れられねーし、こんな風にまた会えるかどうかも分からねーけど、いつも傍にいてお前のコトを想ってるから。だからお前んちに俺の写真飾っておいてくれよ。そしたらいつでも俺のコト思い出せるだろ?』
「分かりました。でも先輩、私はもういつも先輩との写真、持ち歩いているんですよ。ほら…」
善久はそう言って、鞄に入れていた財布から小さな写真を出して見せる。
『ちょっ、お前そんなん持ち歩いてんのかよ』
そこには高校生の頃のふたりが笑顔で写っていた。
「初めて先輩とふたりで写してもらった、私の宝物です…」
嬉しそうに言う善久。
自分の時とは全く異なる柔らかな表情で話す善久に、正明はやはり晃明の代わりにはなれないことを実感した。
『正明、想われるのって悪くねーな。それは自分も相手が好きだからそう思えるのか』
「うん…そうだと思う…」
『お前もそーゆーヤツに出会えたらいいな』
「うん……」
晃明は、拓哉のことを知らないようだった。
『さ、いつまでこうしてられるが分かんねーし、せっかく集まったんだから楽しくやろうぜ。俺、飲めねーからお前らがその分ガンガン飲め』
それから夜が明けるまで、3人は語り合った。
正明は途中で眠ってしまったが、意識が薄れていく時に晃明から、『いつでも応援しているから』と言われたような気がした。
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