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第3話
製造が終わると清掃の時間がはじまる。
小麦粉とニラの臭いは消え去り、消毒用のアルコールと塩素の臭いが漂いはじめる。
製造ラインの社員たちはお喋りをしながら賑やかに清掃をしているが、箱詰めラインの従業員はひとりとして喋らず、トレーに餃子を詰めるときと同じように黙々と清掃をしていた。
清掃が終われば派遣労働者はすぐにロッカールームへ向かい着替え、工場長にタイムカードの承認をしてもらい帰ることになっている。
「エブリディサービスの春日です。本日のタイムカードの承認をお願いします」
「ん……はい」
工場長は面倒そうに乱雑な字で日付と時間がかかれたタイムカードの横にサインをする。サインが終わればそれをすぐに良一へ渡す。
「ありがとうございます。お先に上がります、お疲れ様です」
「ああ、お疲れさん」
パタリとドアが閉じられた瞬間、中でヒソヒソと話し声が聞こえる。
「工場長、あの派遣の人、元犯罪者って本当?」
「いや、うーん。そんなことないと思うけど」
「ウソ、私この前工場長が電話で派遣会社の人と話してるの聞いたんだから!」
「でも業務態度は真面目だし、なにかあったらすぐに契約切るから、ね?」
『ほんと、こういうのって、どっから漏れてんだろうな』
良一が工場を出ると、重たい雲からポツリポツリと雨が降り出していた。
『あの日も、こんな天気だった』
傘を持たない良一は、薄手のパーカーのフードをかぶり歩き出した。
雨は次第に強さを増し、良一のパーカーを重く濡らした。
※
フラッシュを焚いたのような光のあと、何かが破裂したような轟音が響く。より一層雨が強く降り出した。
「アンタが素直でよかった。これの出番がなくて、安心しました」
薄暗い家の玄関に、ずぶ練れの男がふたり。ひとりはうつ伏せになり、もうひとりはその背中の上に馬乗りになり、折りたたみの小さなナイフを向けている。
「お前は……」
馬乗りになった男が口元のマスクを外す。
「吉野巧です。アンタと同じ手口で、押し入ってみました。覚えていますか?」
「復讐、のつもりか?」
「復讐? そんなんじゃない。あの事件のことを教えろ」
「図書館に行けば、事件のことを書いた雑誌や本があるだろう」
「だめだ。アンタの口からじゃないと」
「退けよ」
良一が首だけを使って振り返る。巧の喉がコクリと鳴った。
「ハ、ハハ……アンタの顔、変わらないね。ねえ、立ってよ」
巧は良一の上から退くと、良一を立たせる。
「ほら、早く立って。そこの部屋入ってよ」
玄関横のキッチンを抜けた先にガラスのはめ込まれた片引き戸がある。巧は玄関の鍵を閉めた。その音を合図にしたかのように良一は立ち上がると、その片引き戸を開く。
扉を隔てた向こうの部屋には小さな部屋が一つ。小さな四足の折りたたみテーブルと3段ボックス。奥に折りたたみのパイプベッド。
「そのベッドに、服を脱いで横になってください」
良一は濡れて重たくなった服をすべて脱ぐ。稲光が無駄な脂肪のついていない良一のからだを照らした。
「これで満足か?」
良一がベッドに横になる。
「そんな訳ないだろ。ほら、教えてよ」
「さっきも言っただろう。本に書かれてることが、全てだ」
「僕もさっきも言ったよね。アンタの口から聞きたいんだ」
巧はそう言うと自分自身も着ている濡れた服を脱ぎ始めた。
「お、おいっ! お前なにしてんだ!」
「なにって……元犯罪者なら、何となくわからない?」
良一が寝ているベッドに巧が乗ると、スプリングが軋む嫌な音が響く。
「アンタを犯すんだよ。そしたら、言う気になるんじゃないかなって」
そう言いながらひどく歪んだ笑顔を向ける巧に、良一はただされるがまま従った。
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