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第5話

帰りの車で、運転する隼人に、佐久間が話しかけてきた。 「隼人坊ちゃん」 「佐久間さん、言わなくてもわかってます」 「しかし、どうしてまた、あんな若いもんに」佐久間はため息をついた。 隼人もため息をつく。会社の赤字を補填しようと思って取り組んでいる仕事で、何やってるんだ、自分は。 「赤字にならないようにしますよ」 経費をこれ以上かけず、成功させて満額の報酬をもらえればいいだけだ。 圭がどの程度情報を集められるのか、自分たちですべきことは何か、考えなければ。 「まあ、費用の件は、私から再度間島さんに交渉してみますよ。それより、驚きました。あの狭霧という青年、坊ちゃんの高校の同級生だったんですか」 「同級生じゃなくて、後輩です」 「そうでしたか。同じ部活か何かですか?」 「部活じゃなくて、圭が、狭霧が、新入生の時にちょっと面倒をみただけです」 佐久間は納得したようにうなずく。 「そういえば、坊ちゃん、学校で生徒会長でしたね。親父さんがしょっちゅう自慢してましたよ。男子校でしたね」 隼人は苦笑した。「やりたいやつが他にいなかっただけですよ」 「いやいや、そんなことはないでしょう」 そうだ、とハンドルを切りながら隼人は思い出す。 『生徒会長の職権乱用』とからかわれた。 隼人の通っていた学校は中高一貫の男子校だった。そして、大人数ではないが、高等部から入ってくる生徒もいる。その一人が、狭霧圭だ。 桜咲く入学式に狭霧圭がいたのだ。 隼人は高等部の3年だった。 今日会った大人の圭とは違い、まだ幼く、背も低く、色白で、華奢だった。 その可憐な風情に、在校生がざわついたほどだ。 女の子が扮装して、男子校にもぐり込んできたんじゃないかと、ベタなマンガの設定みたいなことを想像する生徒もいたくらいだ。 5月の幹部選挙で交替するまで生徒会長だった隼人は、入学式前に学年主任の教師から狭霧圭に気をかけてもらえないかと依頼されていた。詳細は個人情報で話せないが、親切にしてやってくれ、と言われたのだ。 根回しと言うやつだ。隼人はなにも疑問を挟まず、了承した。 入学式後、隼人が圭の世話係のように、学内を案内していたら、周囲のものから、『生徒会長の職権乱用』と騒がれたのだ。 美少年を独り占めするつもりか、と言いだす生徒もいた。 冗談だけではなかったような気がする。それほどに、圭は美しく、透明な魅力があった。 先生に頼まれてとか、仕方ないだろとか、何を言っても言い訳のような気がして、『うるせえ』と言い、その後、相手にしなかった。 そして、圭が可憐だったのは入学式の時だけだった。その後、問題児の圭に、隼人は相当振り回されることになったのだ。 もう二度と会うことはないと思っていたのに。 美しさはそのままに、大人の顔をして自分の前に突然現れるなんて。最悪だ。

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