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第18話
食事をしながら隼人がきいた。
「お前、ここで、一人で暮らしてるのか?」
掃除してわかったのだが、圭以外の人間の生活のない家だった。
「うん」
「ご両親は?」
「お袋はたまに来る。最後に来たのは、いつだったかな、去年の、10月かな」
耳を疑った。「たまに来るって、今は、どこにいるんだ?」
「家族の家。電話番号は知ってる。電話したら出るよ」
隼人は箸の手を止めた。
「家族って、どういうことだ?離婚したのか?お父さんは、どうしてるんだ?」
立ち入ったことを聞いてはいけないような気もしたが、圭があまりにも平然と話すので、つい質問してしまった。
「オヤジは」圭はもぐもぐと食事を続けている。「片倉竜三郎って知ってる?」
聞いたことのない名前だった。芸能人か何かだろうか。
「俺のオヤジなんだけど」圭はそう言いながら立ち上がりスマホをもってきた。
検索結果を表示させ、隼人に見せてくる。
片倉竜三郎、実業家、投資家。保守系政治塾を主催。政財界に顔がきく、フィクサーと呼ばれている。
圭の父親にしては年配の男だ。資産家の妻がいるが子どもはいないと書いてあった。
政治塾に来ている政治家の卵たちが自分の子どもだというインタビューもある。
「俺は、愛人の子どもなんだ。オヤジの唯一の子ども。愛人は大勢いたけど、子どもはできなかった。だから、愛人の俺のお袋に子どもができたって聞いた時、すぐに、DNA検査させたんだ。俺は、生まれた時から証明書付きなんだ」
「それで、なんで、この家でお前は一人なんだ?」
「DNA検査はして、オヤジの子どもってことは確かなんだけどオヤジは認知はしなかった。遺産のこととか、他にも、色んなしがらみがあったんだろうな。お袋も認知しろって強くは言わなかったらしい。その代わり、死ぬまで相当な金をもらって、オヤジ以外の男と付き合ってもいいっていう契約をしたんだ。だから、今は、別な男と暮らしてる。赤ん坊もいる。お袋は赤ん坊は好きじゃないみたいで、人を雇って面倒みてもらってるらしいけど」
圭は、淡々と、そんな話をした。さらに、味噌汁に口をつけていう。
「これも美味しい。隼人はホントに料理上手いんだな」
「飯はどうしてるんだ?」
「適当に買ってる。近所にコンビニとかスーパーあるから、弁当や総菜買ったりしてる。中学までは、給食があったから、野菜食ってたんだけど、全部自分だけになると、嫌いなもの買わなくなるから、よくなかったんだな。風邪ひいたと思ったら、急に動けなくなっちゃって」と圭は分析している。それから、きれいになったキッチンを見回した。
「掃除も洗濯もそれなりにしてたんだけど、高校になったら忙しくって、おまけに風邪ひいたりして、なんにもできなくなっちゃって」そう言ってから、やっとわずかに笑った。「ああ、でも、ホントいうと、ほとんど掃除なんてしてなかったから。家の中こんなきれいになったの、何年ぶりだろ。隼人はなんでもできるんだな」
「この家は、お前のなのか?」
「賃貸なんだ。お袋が借りてる。家賃は、俺が払ってるけど」
「金は、どうしてるんだ?家賃とか、生活費」
「オヤジは、俺にも金をくれてる。前に言ったけど、オヤジの秘書に会うと、金をくれるんだ。後は、片倉のオバさんも、定期的にくれてる」
「片倉のオバさんっていうのは?」
「オヤジの正妻。いい人なんだ。俺と気があってさ、俺のこと、自分の養子にしたいって何度も言ってた。俺が断ったんだけど。愛人の子ども養子にするって、なんか可哀相じゃん。片倉のオバさんがいなかったら、俺、誕生日祝いってなんなのか知らなかったかも。小中の卒業式にもこっそりきてたらしい。高校受験の時も、受験会場に送ってくれて。神社にお参りに行ったりしてたんだぜ。いい人だろ」
話を聞き終わって、圭には幼い頃から家族がいないんだ、と隼人は理解した。
いつから一人暮らしなのか、虐待じゃないのか、と思ったが聞かなかった。
何もかも飲み込んで、淡々とした話し方をする圭が周囲の大人たちを責めるようなことをいうとは思えなかった。
隼人は圭に同情していた。彼は生まれた時から、普通の家族があることを諦めているのだ。
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