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第39話
そこで隼人は理解した。自分の知らない大問題がおこっているのではない。自分の様子が、問題なのだ。
「上の空で、怖い顔していましたか?」
比呂子が言う。「こういっちゃなんですけどね、憂鬱そうな顔してますよ。顔色も悪いし、ちゃんと寝て、食べてます?」
確かに、眠れてはいない。目を閉じるとどうしても圭のことを考えてしまうから、ずっと仕事をしていたのだ。
隼人は息をついた。
新見も聞いてくる。「社長、何かあるんでしょうか?そういえば佐久間さんと内密の話よくされてますね。佐久間さんに相談している問題があるんですか?それとも、佐久間さんがなにか問題を持ち込んでるんでしょうか?自分ができることがあれば、言ってください」
新見が比呂子の方を向くので彼女が話を続ける。
「隼人さんが社長になるって聞いた時、若いし、会社の経営はうまくいってないしで、実はみんな心配してたんですよ。すぐに嫌になって放り投げちゃうんじゃないかって。若いから、他に楽しい仕事もいっぱいあるだろうしって。でも、隼人さんいつも穏やかで笑顔でいて、話も丁寧でよく聞いてくれるし、率先して仕事してるから、社員も安心してて、いい後継ぎがいてよかったねって、社長が自慢してた通りの息子さんだったねって言ってたんですよ。なのに、ここのところため息ついてぼんやりしてるし、昨日からは顔色悪くて怖い顔してるから、よっぽど会社で悪いことがあったんじゃないかって思って。で、新見さんが私に言ってきて、だったら社長に聞こうってことになったんです」
隼人は、二人の顔を見比べた。それから、うなずく。とりあえず安心してもらおう。
「会社に大問題が起こったわけではないです。プライベートなことで、ちょっと、あったので。でも、大丈夫です」
比呂子が探るような目つきで見てくる。
「会社のことじゃないんですか?本当に?」
「はい。それに、もう大丈夫です」
はっきりと声を出し、比呂子と新見の目を見返してうなずく。
比呂子がやっと微笑んだ。「そうですか」それから新見の方をみる。「いえね、私もね、新見さんが心配だっていうんですけど、隼人さん若いんだから彼女とでもなにかあったのよ、とか言ったのよ。でも新見さんがね、」
「すみません」と新見が言い頭を下げる。
「いえいえ。こちらこそすみません。心配かけてしまって」と隼人は返した。
その夜、社員に誘われて隼人は会社の近所の居酒屋にいた。比呂子や新見、他にも数人の社員がいる。後からも何人か店に入ってきた。
どうやら、この辺りのメンバーが、隼人が暗い顔していて大丈夫かと話し合い、昼間に代表で新見と比呂子が話をしにきたようだった。
飲み会も最初のうちは、それなりに遠慮されていたが、だんだん、酒が入ってくると話が本音に近くなってくる。
「なんだ、社長、青い顔してたからいよいよ会社も終わりかって思ったら、違ったんだ」
「いったい何があったっていうんですか?」
隼人は再び謝った。
「心配かけてすみません。プライベートなことなんで」
プライベートと言ったら遠慮して何も言わなくなると思っていたら、全然そうはならなかった。
「プライベートって、ため息ばっかついて。あ、彼女?ふられたんですか?」
別な社員が横から否定する。「まさか、そんなことあるわけないだろ」
「じゃあ、彼女ともめてるんですか?」
「仕事ばっかして忙しいから、会えなくて怒られちゃったんじゃないんですか?」
などなど、聞かれたり、勝手に話を作ったりされる。
「あの、そういうことではないんです」と隼人は説明しようとした。「今、彼女はいませんから、もめたりすることも」
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