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第41話

隼人は、店の外で、スマホの画面を見た。 先ほどの電話の着信。圭の声。少し早口だったが、仕事の話だった。 いつも通りの口調だ。なにか隠し事や企みはない。責める様子もない。 会わなければ、何も進まないだろう。 進みたくはないけれど、仕方ない。 隼人は腹を決めて自宅に向かって歩き出した。 ふと、会社の社員たちとあんなふうに飲むのは初めてだと思った。定例行事で飲んだことはあるのだが、誘われていくなんてことはなかった。 父親が倒れて、突然社長ですと現れた自分に、どこか不安感や不信感があるのだと思っていた。そう思われても当然だ。長年、会社や従業員に心血を注いでいた父親のようには、できないことばかりだったから。 まさか、心配されているとは思わなかった。さらに、自分たちのこと、信頼してください、と言われているような気がした。 帰ってきたワンルームマンションのドアの前に圭が立っている。 隼人の足音を聞き、ゆらりをこちらに身体をむけた。 足がすくみそうになる。 あの時の圭の姿がダブって見える。 心臓が早鐘をうち、汗がでてくる。 圭が、また、あの時と同じ状態だったら。自分に手を伸ばし、誘ってきたら。 だが、こちらを見ている圭の目は大きくてしっかりしていた。 あの夜のトロリとした視線とは違っていた。 今日もカジュアルな服装に靴だが、手には黒いビジネスバッグを持っている。 「相変わらず遅いんだな」と圭は言った。それから少し近づいてきて匂いを嗅いでいる。「酒飲んでたのか?」 「会社で飲み会だった」 「へえ。社長が中座していいのか?」 「お前が勝手に来るって言ってきたんだろう」 圭はそう言われてもにやにやしている。 いつもと同じ様子だ。 覚えていないのか、という言葉を呑み込んだ。

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