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第42話
隼人が鍵をあけると、圭は当たり前のように入ってきた。
部屋の中を見回している。
それから手に持っていたコンビニのビニール袋から缶ビールとつまみを取り出した。
「飲む?それとももういらない?」
「いる」
圭は、ローテーブルの前であぐらをかいている。
普通に話をしよう、と隼人は思った。
圭と向かい合わせに座る。
少なくとも、今の時点で、圭は自分と普通に話をしているのだ。この前の日に何があったのか、改めて聞くことさえしてこない。覚えていないと言ったのは、本当なのだろうか。
だったらこちらも、普通に、普通に、話をしよう。
普通、普通。
普通ってどんなんだっただろう。
思い出しながら、慎重に話す。
「用件は?」声は、大丈夫。普通だろう。
「まず、着替えたら?窮屈そうだ」と圭は言った。こちらをじっと見ている。
そう言われて、隼人は圭の視線の中、立ち上がった。
普通通りに、ネクタイをとり、ワイシャツもスラックスも脱ぎ、部屋着に着替えた。ぎこちなくはなっていないはずだ。
圭は、隼人の動きを見ながら、話を続けている。
この前一緒に行った、NPO法人の話だ。
圭からの説明では、NPO法人は、政府系の司法組織がバックにいるらしい。怪しげな活動を続けているということだ。
着替え終わると隼人は再び座った。
圭は、ビールを差し出してくる。
彼も、普通だ。この前の夜の話さえしない。
隼人は、音を立ててビールのプルトップをあけた。
それから、NPO法人を訪ねた翌朝、奇妙な音声で隼人あての電話があったことを告げた。
「お前のことを言っていた」
仕事は頼んだが、依頼主のところに来る必要はない。圭が片倉竜三郎の息子で、片倉は反社会的勢力と関係している。大内警備にとって、圭と一緒に仕事をするのは好ましくないだろう。といったことを言われたのだ。
「脅されたのか?」
「まあ、そうだな」
圭は顔をしかめている。「なんですぐに俺に言わないんだよ」
「NPO法人のことをもう少し確かめてからにしようと思ったんだ。佐久間さんや父にそれとなく聞いてみようと思ってる」
「佐久間はNPO法人が怪しい組織だって知ってるんじゃないのか」
「怪しいって言っても、政府の外郭団体だろ」
「その政府が表向きにできないことしてるっていう方がタチが悪い」と圭にきっぱりと言われた。
「言われてみると、そうだな」と隼人は同意した。
「隼人は、この世界は素人なんだから、変なことがあったらすぐに俺に連絡しろよな」と圭にくぎをさされた。「ちょっとしたことで、足をすくわれることがあるんだ。社長が、変なことに巻き込まれたら、社員が困るぞ」
「わかった。そうする」
隼人は反論しなかった。圭が本心から心配しているようだったので。
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