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第52話
しばらく眠って、うつらうつらしながらも目が覚めた。眠気は去ってはおらず半分眠っていた。
隼人の背中が見えた。
あまり動かない。資料を読んでいるのだろうか。モニターを見ているのだろうか。
背中は広い。
こんな風に、ぼんやりと彼の背中を見たことがあった。
いつだっただろう。
そうだ、海の見える別荘。
あれは、まだ、寒い時期だった。
隼人の受験が終わったと思って、圭が誘ったのだ。
別荘は、片倉の本妻が所有しているところで、お願いしたらすぐに貸してくれた。
こっそりと、大学入学祝いの腕時計も買って隠していた。
別荘に到着すると、すぐに眠くなり、今と同じように、横になった。
まだ、隼人がオーストラリアへの留学を選んだことを知らずにいた。
あの時、隼人から「圭」と呼びかけられた。いや、気のせいだったのかもしれない。はっきりとは覚えていないのだ。
だけど、あの時の呼びかけは、耳に親しい、優しい、優しい声だった。
圭は、うとうとしながらも半分目を覚ますと、隼人がガラス越しに海をみていた。
背中は広く、いつまでも動かなかった。だから、ずっと、そのままでいると思ったのだ。
「圭」
覚醒するとそこには隼人がいた。
彼はモニターを眺めながら圭を起こしていた。
自分を見てはいなかった。そして、声は大人のもので、義務的な口調だったことに気づいた。
あの優しい声は、夢だったんだ。
「時間だ」と隼人は言った。自分の黒い金属バンドの腕時計をジェスチャーで示している。
「30分たったぞ」
圭は起き上がった。
そう言えば、あの時の大学祝いの時計はどうしたんだったか、と圭は思った。
かなり時間をかけて選んだのだ。高校生の自分にしては相当奮発した。
あの別荘で、隼人にオーストラリアに行くと告げられた。全く聞かされていなかったことが気に入らず、結局渡さなかった。
どうでもよくなって、どこかで会った行きずりの男にでもやったのか、それとも海に捨てたのか。覚えていない。
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