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第54話

日曜日は駅前で待ち合わせをした。 圭は細い革ひもの先にシルバーリングがついているネックレスをつけ、理由があるのかないのかこげ茶の縁の伊達メガネをかけている。派手な格好ではないがすらりと細長い手足で美しく、そして、目立っていた。 そこそこ人の多い駅前だが、圭がいる空間だけスポットライトがあたっているようだ。 遠くから隼人を見つけると、必要もないのに手を軽くふり挨拶してくる。 もうそんな年でもないのに、あどけなさの残る笑顔だった。隼人は一瞬足がすくんだ。 高校の時と同じだ。 あの頃校舎でよく、大きな声で「隼人」と呼び手を振ってきた。呼び捨てにするな、と何度も注意したが、改めることはなかった。 初冬のある日、受験のためにほとんどもう学校には行っていなかった。用事があって校庭にでようとしたら、上から「隼人」と声がかけられた。 見上げると3階の窓に圭がいた。なにかを言っていた。もう覚えていない。他愛ないことだったろう。 覚えているのは、彼の髪の毛が冬の日差しの中キラリと輝いていたこと、色白の彼が健康そうで、笑顔だったこと。 その全てが美しく、隼人は彼を見上げたまま、足をすくめ、動けなくなった。 あの手を握り、身体を引き寄せて抱きしめたくなる。 隼人を呼ぶ唇は柔らかそうだ。触れて、中に入りたくなる。 頭の中が、圭の手や唇や身体のことでいっぱいになり、息苦しくなってくる。 そこで、「またあいつか」と一緒にいた友人が機嫌が悪そうな声を出した。「つけあがってんな。卒業前にしめてやろうか?」 隼人の友人たちは、圭のことを生意気だ、示しがつかなくなるぞ、と散々忠告してきていたのだ。 その声にはっとなり、隼人は圭に怒鳴り返した。「上から呼びつけるな。もう、授業だろう。教室へ行けよ」 圭は注意されるのも面白がっていて、悪びれた様子もなく笑った。そして3階の窓から姿は消えた。隼人の言葉通り教室に戻ったのだろう。 隼人は、その窓をじっとみていた。圭の気配の破片が自分にこぼれてこないかと、待ってしまったのだ。 友人に促されて、やっと、用事を思い出し、その場を立ち去った。 あの時、だめだということに気づいたのだ。圭とこのまま一緒にいたら、いつか、自分は彼を力づくでも思いのままにしようとしてしまう。 隼人が、圭を抱きたいと思っていることがわかったら、自分の身体に欲望をむけているなんて知ったら、圭は自分を軽蔑するだろう。嘲り、蔑むだろう。 あの時決めたのだ。圭からは遠く離れたところにいこう。 オーストラリアへの留学はその時までは選択肢の一つでしかなかった。日本の大学に行くかどうしようか迷うくらいだったのだ。だが、このまま国内にとどまっていたら、いずれ、自分は我慢ができなくなるかもしれない。物理的に遠く離れてしまえば、圭に無理強いすることはない。 圭に、自分の後ろめたい下卑た感情を知られたくなかった。彼にとって、自分は清廉で頼もしい男であり続けたいと思ったのだ。 オーストラリアに行くことも、すぐには告げられなかった。逃げることがばれるような気がしたのだ。 そして、ぎりぎりのタイミングで告げた時、圭は、あっさりとしていた。理由を聞かれたらどうしようかとか、もっともらしい話をいくつかこしらえていたのだが、聞かれることもなかった。

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