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第55話

ふいに、圭の声がした。「どうしたんだよ」 見ると、足を止めた隼人のほうに、自分からきていた。 自分を見上げてくる。「犬のウンコでも踏んだような顔して」といって笑っている。 隼人は息を吐きだした。 「そんな顔してない」 そして、すぐに別な話題に変えた。 「なんでメガネしてるんだ?」 「え?ああ、これ?似合うだろ?」 「どうかな」 「似合わなくてもいいんだけどさ。印象を変えたいだけだから」 「印象?」 「そう。例えば、俺のこと誰かに説明するときに、メガネかけてたら、『メガネかけた若い男』ってことになるだろ。どこかに印象をもたせるんだ」 「そうしなきゃならない相手に会うのか?」 「ドラッグの販売ルートを探るんだぞ。優しいおじいさんにでも会う気でいたのか?」 そう言いながら圭はカバンからニット帽を取り出した。 「隼人には、これ」 隼人は受け取りはしたものの顔をしかめた。「こんなのつけてたら怪しまれるんじゃないか?」 「印象がニット帽にいくだろ。俺は、メガネの若いの、隼人はニット帽のでかい男」 隼人が帽子をかぶると、圭が手を伸ばして額や脇のところを整えた。隼人は大人しくしていた。彼の指が自分の顔に触れる。目のすぐ近くを動く。指先の体温がわずかな接触でもわかる。 「これでよし」と圭は満足げに言った。 その後、圭は何件か立ち寄った。 雑貨屋やカジュアルウェアの店、バーにいる店員に声をかける。他の商品と同じようにドラッグの話をした。 それは、隼人の知らない世界だった。当たり前のようにドラッグやそれに類するものを売っているようだ。 ただし、彼らの扱う品物が塚田のところのドラッグかどうかは隼人には分らなかった。 そして、バーの店員に紹介されたのが、街の商店街の片隅にある古本屋だった。今時誰が買うのだろうと思うような古めかしいエロ本が店頭に積まれている。 中に入ると何年か前のベストセラー本が複数冊積みあがっているのに交じって、哲学書や歴史書、宗教関係のぶ厚いケース入りの本がならんでいる。客はいない。 店番は化粧が濃い、高齢な女だった。圭が彼女に話しかけると、女はしばらくためらっていた。だが、圭が名前を告げるとうなずき、店の奥に入って行った。 出てきたのは、息子だろうか。無精ひげをはやした中年の男だった。

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