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第64話

連れて行かれた病院で隼人は精密検査を受けた。車いすに乗せられあっちの検査室、こっちの検査室と移動しては、レントゲン撮影だけでなく体験したことのないような検査を受けさせられた。 検査に疲れてだんだんぐったりしてきてしまった。全てが終わり、やっと休むようにと個室に入れられた。 時計を見ると、いつもなら会社に行く時間だった。だが、ベッドに横になるとすぐに眠りに落ちてしまった。頭の中も、身体も疲れ切っていた。 声が聞こえて目を覚ました。 身体を動かすと全身がつっぱるような痛みが走った。「っつ」。うめき声をあげてしまった。 「隼人」と呼びかけられた。 圭がベッドサイドに立ち、自分を覗き込んでいる。 「痛いか?」と圭が質問してくる。 大きな黒い目が自分をじっと見ている。あの目だ。濡れているように、涙がたまっているようにみえる。 光の加減のせいだろう、と思うことにした。 圭は、青い顔をしているがそれ以外は元気そうで、誰かに傷つけられたり、怪我をしているようには見えない。 塚田が見せてきたあの圭が捕えられていた写真はなんだったんだろうか。さっぱりわからない。だが、圭がここにいるのは幻覚ではない。 「無事だったんだな」と隼人は言った。声が思うように出なかった。「よかった」 ずっと緊張していた神経が、一気に緩む。 「無事ってなんだよ。こんな、殴られて。よくなんかないだろ。全然よくない。痛むのか?」 と圭は言った。声が震えていた。 隼人はうなずいた。「大丈夫だ」 身体のどこがと言えない重い痛みがあるが、心配している圭をなだめたくて嘘をついた。 そろりと身体を動かそうとして、胸に強い痛みが走る。息がつまり、思わず顔をしかめた。 「肋骨にひびが入ってるんだって」と圭は言った。「他の骨は折られてないらしい。痛み止め注射したらしいんだけど、効いてないのか?」 自分の両手を持ち上げてみた。右手に包帯が巻かれている。 痛み止めもらっててこれだとすると、切れたら相当痛むのだろうか。 指が動くか確かめようと開いて、握ってみる。腫れていて、うまくいかない。 圭が手を伸ばし、そっと自分の手の甲を撫でてきた。長い指で触れるか触れないかくらい、隼人が痛がらないように気を使って、慎重で静かだ。 「こぶしが切れてるんだ」と圭は言った。「拉致られたときに、相手を殴ったんじゃないかって、医者が言ってた。手がこうなるってことは、相手もかなりダメージだったんじゃないかってさ」 圭はそっと隼人の手をベッドにおろさせる。そして、肩から胸にかけて小さい子供を寝付かせるように撫でていった。 「今日一日休んだら、退院できる」と圭は言う。「全部治るまで時間はかかるらしいけど」 圭は、隼人にゆっくりしろと言う。この病院は圭の父親の息がかかっているところで、信用できるし、金の心配もいらないとも言っている。あんなに嫌っていた父親に、助けを求めてくれたのだ。 彼の表情もしぐさも全てが、隼人への思いやりにあふれている。 「安心して、休んで。眠った方が早くよくなるよ」と言われた。 隼人は、「ありがとう」と伝えた。「圭が助けてくれなかったら、どうなってたか」 圭は少し唇をすぼめて「いいよそんなの」と照れたように言った。「俺が、油断したせいだし。隼人は素人なんだから、巻き込んだらこういうことおこるって予想するべきだった。ごめん」 そう圭は謝罪まで口にした。彼が悪いことは一つもないのに。 隼人圭に促されるままに目を閉じた。 圭は自分が思っていたよりもはるかに大人だった。 高校生の時から時間は確実に過ぎていたのだ。自分も圭も、あの時から遠く離れている。

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