65 / 93

第65話

うつらうつらしていると、ドアがノックされたのが聞こえた。 圭が返事をする間もなく、人が病室に入ってきた。 「南川、もう、ついたのか?」と圭の声がした。 思わず隼人は目を開けた。 「狭霧」南川は、長い腕で圭をぎゅっと抱きしめていた。 「ちょ、ちょっと、なんだよ、なに?」と圭はわずかに抵抗し、南川の腕から逃れた。顔が赤くなっている。 「病院にいるって聞いたんだ」と南川は言った。「狭霧も怪我をしたのかと思って気がきじゃなかった」 彼はもう一度手を伸ばして圭を抱こうとした。圭は後ずさりして避ける。「俺はなんともないよ。隼人が大怪我したんだ。って触るなよ」 圭はやめろよといいながらも本気で抵抗はしていないようだった。二人がほとんどじゃれうようにしているのが気配でわかる。 「塚田のところに、大内さんを助けに行って、それから病院にいると聞いたんで、てっきり、お前も怪我したのかと思った」と南川は言った。「バイトの子の話がとっちらかってて、よくわからなかったんだ」 「ああ、そうだ。電話で話しは聞いてたんだけど、こっちの状況はなにも教えてなかったから」と圭は答える。誤解しても仕方ないか、と言っている。 「それで、大丈夫なんだな?」と南川は言った。心配はなかなか去らないようだ。 圭は、うるさいなあ、と言った。 「隼人は今寝るところなんだ。邪魔だから向こうで話をしよう」 圭の声音は南川が現れて嬉しそうだ。安心した甘えた口調でいる。 そして、二人は病室を出て行った。 隼人は、ドアの外に出て行く二人を見た。 圭の顔は南川を見上げ、赤くなっている。 南川は、圭に避けられても平気で、彼の肩を抱き、頭を撫で、それから、一瞬だったが頬にキスをしていた。圭は驚いた顔をしたが、怒ってはいなさそうだった。 二人は親し気で、圭が南川を頼りにしているのは明らかだった。 南川との間にはもうなにもないと圭は言っていたが、南川はそうは思っていないようだし、圭だって、彼のことを慕っているのだ。 圭は、幸せそうだった。 隼人は目を閉じた。自分はベッドの上で動くことさえできない。情けない気持ちになってきた。 なにもかも、手に入らないものばかりだ。

ともだちにシェアしよう!