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第65話
うつらうつらしていると、ドアがノックされたのが聞こえた。
圭が返事をする間もなく、人が病室に入ってきた。
「南川、もう、ついたのか?」と圭の声がした。
思わず隼人は目を開けた。
「狭霧」南川は、長い腕で圭をぎゅっと抱きしめていた。
「ちょ、ちょっと、なんだよ、なに?」と圭はわずかに抵抗し、南川の腕から逃れた。顔が赤くなっている。
「病院にいるって聞いたんだ」と南川は言った。「狭霧も怪我をしたのかと思って気がきじゃなかった」
彼はもう一度手を伸ばして圭を抱こうとした。圭は後ずさりして避ける。「俺はなんともないよ。隼人が大怪我したんだ。って触るなよ」
圭はやめろよといいながらも本気で抵抗はしていないようだった。二人がほとんどじゃれうようにしているのが気配でわかる。
「塚田のところに、大内さんを助けに行って、それから病院にいると聞いたんで、てっきり、お前も怪我したのかと思った」と南川は言った。「バイトの子の話がとっちらかってて、よくわからなかったんだ」
「ああ、そうだ。電話で話しは聞いてたんだけど、こっちの状況はなにも教えてなかったから」と圭は答える。誤解しても仕方ないか、と言っている。
「それで、大丈夫なんだな?」と南川は言った。心配はなかなか去らないようだ。
圭は、うるさいなあ、と言った。
「隼人は今寝るところなんだ。邪魔だから向こうで話をしよう」
圭の声音は南川が現れて嬉しそうだ。安心した甘えた口調でいる。
そして、二人は病室を出て行った。
隼人は、ドアの外に出て行く二人を見た。
圭の顔は南川を見上げ、赤くなっている。
南川は、圭に避けられても平気で、彼の肩を抱き、頭を撫で、それから、一瞬だったが頬にキスをしていた。圭は驚いた顔をしたが、怒ってはいなさそうだった。
二人は親し気で、圭が南川を頼りにしているのは明らかだった。
南川との間にはもうなにもないと圭は言っていたが、南川はそうは思っていないようだし、圭だって、彼のことを慕っているのだ。
圭は、幸せそうだった。
隼人は目を閉じた。自分はベッドの上で動くことさえできない。情けない気持ちになってきた。
なにもかも、手に入らないものばかりだ。
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