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第76話
これほど甘美な時間になろうとは、想像もしていなかった。
媚薬に侵された、欲望と荒々しい本能にまかせた行為があるだけのはずだったのに。
隼人の指先が、自分の背中を伝っていく。大きくて太い指の感触に震えた。
指は繊細に、優しく、自分をなぞっていった。そして、唇が、ところどころを食みながら、同じように肌を伝っていく。
圭のよく知っている隼人そのものだ。
圭の反応を確かめながら、手のひらが、指が、唇が、圭に触れていく。
自分の快楽より、圭の悦びを与えることに熱心なのだ。
大きな手は、暖かく、優しい。
信じられないことに、圭の中からあふれてきそうになった。涙が、せりあがってくる。
辛くなんかない、と自分に言い聞かせる。
優しさが、辛いなんて、感傷的すぎて、バカみたいだ。
顔を見られたくなくて、思わず腕でおおった。今日のことなど、隼人は覚えていないはずなのに。泣いた顔を見られたっていいはずなのに。
「圭」とまた、声が包んできた。「どうしたんだ?」
腕をそっととられる。
「なんで?」涙の痕をいぶかしげに見ている。「泣くんだ?」
圭は首を横に振った。
「なんでもない」
そう言って隼人にキスをねだってみせた。
隼人は、圭の中を探るときも、優しいままだった。慎重に圭を拓き、時間をかけて中に入り込んできた。
壊れ物を大事に扱うようだ。ここまで大事にされると、苦しさが増した。
進み入りながら、隼人は確かめるように圭の名前を何度も呼んだ。声が湿り、熱い吐息が背にかかるのに、隼人は欲望のままにぶつけてはこなかった。
隼人が圭の中でぎっしりと埋め込まれている。汗がポトポト圭の背中に落ちた。
圭が耐えきれず腰を動かし、先をせかすまで、隼人はほとんど動きさえしなかった。
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