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第78話

南川は、合鍵を使い狭霧のマンションに入った。部屋の中は灯りもつけず薄暗く、空気がこもっている。中を通り抜け、奥にある寝室のドアが軽くノックした。 返事はない。が、遠慮なく中に入る。 部屋の灯りのスイッチを入れた。ベッドの上が動き、狭霧が掛け布団の中に潜り込み灯りを避ける。 「どうして返事してこなかった?」と南川は言った。「ショートメッセージにも、電話も何度もしたって言うのに」 ベッドの端に腰かけ、丸まっている狭霧の肩と思われる辺りをポンと叩く。 「どうしたんだ?」 返事はない。 「具合が悪いのか?」 やや力をかけて掛け布団をめくってみた。 狭霧の顔が見える。目を開けてこちらを向いている。 「ひどい顔色だな。どうしたっていうんだ?」 「どうもしない」と狭霧は答える。ザラザラした声だ。青白い顔で、目の下にはクマがある。 「どうもしないって顔じゃないな」と南川は言った。 「うるせえなあ。何しに来たんだよ」今度の声は投げやりだった。 「返事もないから、心配してきたんだ」と答えた。「何の連絡もないと心配するのは当たり前だろう。新しい仕事のこともあるし」 「仕事のことなら、資料置いてってくれれば、やるよ」と狭霧は答えた。「疲れてるから、帰ってくれないか」 「そうはいかない。ひどい顔して、ちゃんと飲んだり食べたりしてるのか?」 狭霧は返事をしない。 部屋の中を見回すと、自分が何度も連絡していたスマホが床の上に落ちていた。拾い上げると電源が切られている。スイッチを入れると自分を含め多くの連絡が入っているようだった。 「どうしたんだ?」とまた聞いた。 狭霧はベッドから起き上がった。ぼさぼさの髪の毛をかき上げている。 「どうもしない」と彼は言った。そして、スマホを南川の手から取り上げた。 「疲れてるんだ」と狭霧は言った。さっきから二人の会話はこの繰り返しだ。「このところ忙しかったから、休みとってる」 「休みなら休みって連絡してくれ。心配するだろう」と南川は言った。「で、いつまで休むんだ?」 「無期限。気が向くまで」と狭霧は雑に答えた。そう言いながら、「明日までかもしれない、今日の午後までかもしれない。その程度のことだから」 彼は緩慢な動作で立ち上がり寝室を出る。南川は彼の後ろをついて行った。

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