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第79話
狭霧は、キッチンに行き、冷蔵庫を開けると、中に入っている強炭酸水を取り出した。ペットボトルのキャップに手をかけふたを開ける。
「こっちから、連絡する」と狭霧は言った。「仕事が本当にあるなら、やるし」
そう言った時、狭霧のスマホが鳴った。彼は、手にした光る画面をじっと見ている。
画面が大きいせいで、南川にも誰からの電話か表示が見えた。
狭霧の表情は暗くなんの意欲もない。
彼は、画面を凝視するだけで、電話をとらなかった。
長い時間、着信音がなり、それから、切れた。
「今の電話、狭霧の初恋の彼か?」と南川は言った。
狭霧は、南川の方に顔をむけた。
何言ってるんだ?という表情だ。
苛立った口調で、「なに?」という。
「大内隼人。お前の、初恋の相手だろ」
狭霧は、口をあけ、閉じた。
まじまじと南川を見てくる。その間合いに、南川は可哀相になった。
狭霧は、あの男のことが好きなのだ。そしてそのせいで傷ついている、立ち直れないくらいに。何があったのだろう。
南川が同情するには十分な様子だった。
ところが、「頭、おかしいんじゃないか?」と狭霧は反論してきた。
「俺の、初恋は、小学3年生のときの同級生のさっちゃん。ポニーテールの可愛い子だった。その後好きだったのは、4年生の担任の美人の平井先生。全部しっかり覚えてるから、今までの相手をずっと言ってやろうか。隼人は、高校が一緒だっただけだ。なにが、初恋だよ。気持ち悪いな」
「初恋って言ったのは、本気で恋をした相手のことだからだ。さっちゃんも平井先生も、ガキがチョコが好きとか言ってるたぐいだろ。忘れがたい恋の相手が大内隼人だって、見たらすぐにわかったよ」
狭霧はわざとらしく大きなため息をつく。
「その妄想小説はどこからくるんだ?」
「それほど人数が多くはないが、狭霧が今まで付き合ってた相手のことは知ってる。狭霧が、自分から付き合いだした相手は、みんなどことなく、大内に似てた。お前は、大内を探してたんだ。だけど、付き合ううちに相手が大内隼人じゃないことに気づいて、すぐにわかれてたんだ」
狭霧は、吹き出した。南川に手を振って見せる。
「冗談だろ。幻覚剤でも飲んだんじゃないか?俺は、隼人のことなんて、この前会うまですっかり忘れてた。俺の好みのタイプっているけど、隼人は、全然、違う。好みどころか、俺は、あいつのこと、嫌いなんだ」狭霧はきっぱりと言った。
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