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第82話

始業ギリギリでついた隼人は、仕事の途中で、何度も自分のスマホを見た。圭に、媚薬のことで、連絡しようかどうか迷った。 電話に手をかけ、発信しようとしながら、ためらって手を止める。それを繰り返した。 佐久間から話をされていたからだ。 病院を退院した後すぐに、身体を引きずりながら行った職場に、佐久間が駆けつけてきた。隼人が大怪我をしたと社員の誰かが連絡したのだ。 別室で、何があったのか正直に話すと佐久間はすぐに対応すると言った。 そして、職場を後にし、しばらく連絡がなかったのだ。 佐久間がなにをどう対応するのか、気にはなったが、隼人は多くの仕事に忙殺されていた。 そして、佐久間が再び現れた時には、全てが片付いていた。 「今回の件は、NPO法人が終わりにすると言ってきました。坊ちゃんには、申し訳ないことをしたとのことです。本来なら謝罪に来たいが、表立って連絡をするのも避けたいと言っています」 さらに、佐久間は言ったのだ。 「仕事を依頼した狭霧という探偵が、打ち切りと聞いてひどく怒っていました。信用を無くしたとかなんとか。それで、二度と連絡はしてくるな、ということです」 「狭霧が、怒ってそんなことを?」 「はい。こちらとの関係は一切なくしたい、ということです。坊ちゃんがせっかく大事な後輩のために支援なさっていたのに、恩をあだで返すとはこのことですな」 佐久間は呆れかえった声をだした。 「ああ、そうだ。こんなこと言って申し訳ないんですが、坊ちゃんのことをひどく悪く言っていましたよ。向こうに頼まれる以前に、ああいう男とは今後付き合わないことですな。間島さんも変な男を雇っているものだ」 佐久間はその後も圭を非難していた。だが、圭の非難の根底には、隼人への怒りがあるようだった。 隼人は圭にすぐにでも連絡を取り、誤解を解きたいと思った。 今回の仕事が取りやめになったのは自分の指示ではない。でも、塚田を、薬を最後まで追いかけるのは危険だと思う。圭の身が心配だ、と伝えたかった。 だが、ふと疑念がよぎり、電話をかける手を止めたのだ。 圭は、別なことで腹を立てているのではないか、という考えが湧き上がってきたのだ。 あの時、雨の夜、自分は不用意な言葉を口にした。『覚えているのか』。なんで、あんなことを言ってしまったのだろう。 圭は、『何を?』とすぐに聞き返してきた。 でも、あの反応は、隼人が何をしたのかを知っていたのではないだろうか。

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