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第92話

圭は苛立つ。酷いことを言ってやろうと思った。隼人が圭の怒りを理解し、ここから帰るように。 「そうやって、謝れば、俺をもう一回抱けるとでも思ったのかよ」 隼人が、一瞬息を飲んだのが外見からもはっきりわかる。圭があのことを口にするとは思わなかったからだろう。 だが、彼は、すぐに、立ち直ろうとした。 こちらを真っすぐ見てくる。 「覚えていたんだな」 それから、すまない、と、また隼人は謝ってきた。 「覚えてた?ああ、そうだ。まさか、隼人が、あんなことするなんてな。ドラッグやってた男を抱いた気分はどうだった?お前、俺のを嬉しそうに咥えてたもんな。俺に突っ込んで、腰降ってさ。よかっただろ、俺の身体」 圭は腕を組んだ。顎をそらして隼人を見る。 ほら見ろ。 回答に困った顔をしている。困るくらいじゃだめだ。もっと惨めな気持ちになるといいんだ。 そして、ここから出て行くといい。圭を置いて、二度と戻ってこようなんて思わなくしてやる。 長い間、心の中で、何度も何度も彼に向けていた言葉を吐き出した。 「ずっと、言ってやろうと思ってたんだけど、お前、俺のこと好きだろ。だけど、あいにくだな。俺はお前が嫌いだ。高校生の時に、ちょっと俺に関わって、助けたとでも思ってんだろ。正義の味方みたいな面して、説教ばっかしやがって。そのくせ、自分の用事ができたら、俺を置いて、どっか行くんだ。聖人君子面して、俺の身体に未練があるから戻ってきたのか?もう一回、抱きたいなら正直にそういったら?まあ、ひざまづいて頼んできても、お断りだけどな」 乱暴になじる言葉をうけて、だが、隼人はすまないと詫びるだけだった。 圭がどんなに言葉を重ねても、怒りをぶつけても、隼人は頭を下げたままだ。 しまいに、圭は、言葉が尽きた。諦めるのもしゃくだったが、口を閉じ、隼人に背を向けると廊下からリビングに歩いた。 隼人は、後ろからついてくる。 何を考えているのかわけがわからない。謝るばかりで、それ以上なにもない。 もう、帰れとも入るなとも、言う気力もなくなってしまった。

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