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第2話

「お? 雨」  ぽつりと鼻先に落ちた雨粒をきっかけに、生ぬるい水滴が波のような音を立てて降り注ぐ。 「あ、俺折り畳み傘持ってますよ」  用意していたものが役に立つのが嬉しいのか、いそいそと荷物の中から傘を取り出そうとした春永を引き留めたのは。 「うおっ!?」 「うわああ?!」  雨。降り出したのはバケツを引っくり返したような雨。では表現が生ぬるい。  ドラム缶いっぱいの水を直接頭にかけられたような、そんな勢いの雨が突然降り注いで、周りの景色が一変した。  一瞬、洪水にでも巻き込まれたかのような錯覚に陥ったけれど、たぶんゲリラ豪雨ってやつだ。いや、やむ勢いのなさからいってただの豪雨でしかない。折り畳み傘なんて歯が立たないレベルの。たぶん差した途端に壊れるだろう、それぐらいの雨。 「ちょっ、どこか、とりあえず屋根……!」 「夏目さん、あそこなんか」 「なに? 聞こえねぇ!」 「あそこになんか看板が!」  一瞬でずぶ濡れになった俺たちが求めるのは、この雨をしのげる屋根のある場所。でも土地勘のない場所で目指す指針もなくて、だから春永が指差した方向にあるぼんやりした明かりに向かって走った。  降り注ぐ雨のせいで視界が悪く、はぐれないように春永の手を掴んで引っ張る。反対の手には転がせなくなった荷物を抱え、なんとかその場所に駆け込んだ辺りでより雨音がひどくなった。  とはいえすでにこちらも全身余すことなく濡れていて、荷物まで全部がぐっしょりと重い雨粒を滴らせている。 「とりあえず、ここで……」 「あがっ!?」 「なんだよ、変な声出して。……ああ」  張り付く髪を掻き上げ、雨に負けないように気持ち声を張り上げる俺に、春永が変な反応をしてきたから、改めて周りを見回してその理由に気づいた。  一見するとただのロビーという感じの壁に灯る独特のパネル。所々消えているそこには一つ一つ違う部屋の写真があって、……つまりはラブホだった。  なるほど。そりゃ目立つようにネオンが輝いているはずだ。 「……どうする」 「……正直シャワーは浴びたい、です、が」  思わず静まってしまってから、短く問う俺に、春永も微妙な沈黙を交えて答えてくる。その途切れ途切れの言い方がわかりやすく心情と葛藤を表していて、ため息をついて自らの現状を確かめた。  ずぶ濡れの体と荷物、しばらくはやみそうにない豪雨と、煌々と点くパネル。  正直なところ悩んだのは一瞬で、切り替えは早めに済ませて奥へと踏み込んだ。どうせ外には出られそうにないんだ。理想的ではないけれど、雨宿りの場所としては悪くない。人に見られなければという但し書きが付くけど。  そしてどうせならとヤケ気味に一番いい部屋を選び、さっさと鍵を取って部屋へと向かう。せめて受付式じゃなくて良かったと思おう。  ともかくうっかりと誰にも会わないように早足で部屋に飛び込み、それからジャンケンをしてシャワーの順番を決めた。  こういう時の勝負強さはありがたいもので、見事に勝ち取った先攻の権利をありがたく頂戴して、先にシャワーの恩恵に与った。  びしょ濡れのスーツを脱ぎ捨て、無駄にでかい風呂にお湯を全開で貯めつつ熱いシャワーを浴びる。冷えた体がじんわりと温まっていくのを感じながらついでに頭も体も洗っていい気分でいたら、外から『はっくしょん!』とでかいくしゃみの音が聞こえてきた。  ……ちょっと迷ったものの、やっぱり決断は早かった。泡を手早く洗い流して、さっさとお湯が満ちてきた風呂に浸かる。場所が場所だからか、お湯の溜まりが早くて助かる。 「はるながー。いいから入ってこいよ。風邪引くぞ」  それから外に向かって声をかけた。こんなことで風邪を引かれたらたまったものじゃないし、狭い浴室ではないから銭湯だと思えばそれほど気にならない。ついでに言うと、さっさと出てやれるほどにはまだ体が温まりきっていない。  とはいえ春永の方は少しぐらい葛藤があるかと思ったけれど、意外と躊躇いなくドアが開かれてタオルを手にした春永が入ってきた。

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