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第3話
「お言葉に甘えてお邪魔しまーす」
よっぽど寒かったらしく、最初からびしょ濡れの体でまっすぐシャワーに向かう。
出ようかと思ったけどもう少し温まりたくて、時間を潰すようにジャグジーのボタンを押してゆったりと湯船に浸かった。
「ひゃあああったかああい!」
水浴びしてる犬みたいな勢いで頭からお湯をかぶっては嬉しそうに声を上げる春永に思わず笑ってしまって、誤魔化すように視線をその背中に向ける。
体格もそれなりに良くて筋肉もいい感じについてて、そのくせ妙にしなやかで、どうしてだか男らしくない。身長のわりに細い体格からして、たぶん鍛えたところでムキムキの筋肉がつくような体質ではないのだろう。その代わりきっとすごく太りもしないんだ。たまにいるよな、そういう奴。
……なんだろう。見れば見るほどなんか美術品というか彫像を見ている気分になってきた。
どこかで見た覚えがあるような気がするのは、海外出張先で行った美術館とかでだろうか。
「……あんまり見られると照れるんですけど」
「あ、悪い。ぼーっとしてた」
美術の教科書に載ってたやつだっけと記憶を掘り起こしながらぼーっと眺めてたのが、どうやらかなりの視線の強さだったらしい。
振り返った春永が苦い顔をしていて、素直に謝ったら泡を流して風呂の横に座って。
「悪いと思うなら、これ、入れてみていいっすか」
なんてそこに置いてあるボトルを指し示してきた。どうやら泡風呂の素らしい。
確かにこういうところじゃないと後片付けが面倒で試せないよなと納得して、ジャグジーのスイッチを切ると替わりにその入浴剤みたいなとろとろの液体を風呂に入れてシャワーで泡立ててみた。するとすぐに溢れるほどの泡が立ち、春永は大喜びで俺と離れた場所に飛び込んでくる。いつもは軽く撫でつけている前髪が下りているせいもあって、まるで小学生のようだ。
「すげー泡! ほら、夏目さん、すげー。匂いもすごい!」
「バラの匂いか? これ」
「バラの泡!」
こんもりと積もった泡を楽しむ春永にかかったら、ラブアイテムも子供のおもちゃだ。
いい年で、スーツの似合うイケメンで、笑顔一つでなんでも解決しちゃいそうな男が、泡一つでめちゃくちゃテンション上がってる。
泡の下はぬるぬるでとろとろのバラの匂いの風呂と聞いたらかなりのエロイ状況のはずなのに、相手がこれだと台無しだ。……いや、エロイ気分になっても困るけど。
「雨に降られたのはアンラッキーだけど、これはこれで得したかも」
「ものすごいポジティブシンキングだな」
「珍しいことは楽しんだもん勝ちかなって。まあこれは人に話せないですけどね」
「そりゃあな」
いくら緊急事態だったとはいえ、『ラブホで泡風呂(男同士)』は世間話として持ち出すにはなかなかハードルが高い。春永がこの調子だから大して深く考えずにこんな一日も珍しくていいか、なんて思えるけど。
そんな風にしばらく泡だらけの風呂を堪能した春永は、それで満足したのか「腹減ったんで先出ますね」とあっさり風呂から上がっていった。
どうやら泡で上がったテンションがニュートラルに戻って空腹を思い出したらしい。
そう言われれば俺も腹が減ってたんだったと気づいて、春永が出たのを確認してからシャワーで泡を落とし風呂を上がってバスローブを羽織った。若干気まずいけれど、なんせ荷物まで濡れてしまったから乾いているものがこれぐらいしかないんだ。
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