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第3話:不穏な気配

 次の誕生日を迎えたら成人する男が子供のように、いや、子供以上の勢いで駄々を捏ねる姿は異様である。  「嫌。今夜は奏人さんを返したくない」 「ワガママ言わないの。明日も早いんだから、俺は帰るよ」  ケイを自宅マンション前まで送り届け、そのまま帰ろうとすると、腕を掴まれ阻止された。ここまでケイが頑なに帰さないようにするのは、恐らく昼間の件が響いているからだろう。  結局、二人のことは撮影後に注意することで許したが、ケイは奏人がまだ怒っていると心配しているのだ。 「お願い、帰らないで。明日早いなら、なおさら今夜は泊まって行ってよ」 「簡単に泊まっていけなんて言うけど、服はどうするの? 明日も同じスーツ着て行って、変なこと言われるのはごめんだよ」  ただでさえケイの求愛は知れ渡っているのに、そこへ昨日と同じ服で出社なんていう話題を提供したら、変な誤解をされることは目に見えている。  事実もないのに腰の心配をされるなんて、そんなのはごめんだ。 「それなら大丈夫だから」  掴まれた腕をグイグイと引っ張られる。 「ちょっと、ケイ!」  抗議の声を上げると、真上から無垢な子供のような瞳で見下ろされた。 「ねぇ……」 「な、何?」 「ボク、奏人さんと一日、八万六千四百秒一緒にいても足りないぐらいなんだ。まだ今日は奏人さんが足りてない。これじゃ胸が苦しくて夜眠れなくなっちゃうよ」  だから、お願い。と懇願するケイの言葉から、強い気持ちが伝わってくる。けれど、奏人の思考は瞬時に別のところへ働いた。 「八万六千四百秒って、まんま一日じゃないか!」 「…………奏人さん、計算早すぎ」  横を向いたケイが、ボソッと呟く。  急にしおらしい顔をするものだから情を動かしたというのに、これも算段のうちだったなんて、どれだけ計算高いのだ。 「全く、そんな…………ん?」  怒ってケイの腕を振り払おうとした時、ふと自分達の後方から視線を感じた奏人は、慌てて振り向き、辺りを見回した。  完全には確認できないが、外灯のない場所で微かに人の気配が動いたような気がする。 ここは、ケイが住むマンションの前。そして、この場には二人しかいない。ということは、あの気配はケイのファンだろうか。  そういえば、以前にもケイに強い想いを抱いたファンがここまで来たことがあった。 それを思い出して、奏人はひとまず怒りを置いた。 「……分かった。部屋に行くから、腕離して」 「泊まってってくれる?」 「今日だけだからね」 「うん!」  嬉しそうにはしゃぐケイの背中を押し、足早にエントランスへ入る。  すると妙な視線は、それ以上追ってくることはなかった。

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