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第12話:逃れられない悪夢と、突きつけられた絶望

 白と黒で統一されたシンプルモダンの部屋には、ゆったりと寛げる大きめのソファーと、広々としたテーブル、そして幾つものハンガーラックが置かれていた。  部屋自体は十畳程度だが、インテリアの美しさと天井の高さが部屋を広く見せている。  そんな室内のテーブルやハンガーラックが、部屋の外から運ばれる服で今にも溢れかえりそうになっている。その様子を横目で覗きながら、奏人は眉を寄せた。  今朝、突然外に連れ出されたかと思ったら、彰文が懇意にしているブティックに案内され、店の奥のVIPルームに押しこまれた。どうやら、処分してしまった奏人の服を新調するらしい。  あれから何度も試みた説得はまだ一度も成功せず、全く話が進んでいないというのに、正直、服なんて見る気分にはなれない。   そして、それ以上に今の奏人には、他事を考える余裕がなかった。 「以上が、お客様にお似合いになりそうな商品として選ばせていただいたものとなりますが、この中に気になるものはございますか?」  ご希望ならもっと持ってまいりますと、服を並べ終えた販売員が、奏人に向かって声をかけてくる。 「だそうだ奏人、この中で何か気に入るものはあるか?」  彰文にも促されるが、奏人は販売員と目を合わさないどころか、身体を外方へ向けたまま首を横に振った。 「……服は……いりません……」 「何を言ってるんだ。それじゃここに連れてきた意味がないじゃないか」 「本当に……いりませんから……」  それでも頑なに拒む奏人に、販売員から困惑の声が漏れる。すると溜息を吐いた彰文が、販売員に下がるよう願い出た。 「悪いが、三十分ほど席を外して頂いても? この子は極度の人見知りでね。面識がない人間がいると緊張してしまうんだ」 「かしこまりました。では、三十分ほど経ちましたらお声をかけさせていただきますね」  販売員は二人に向かって一礼すると、そのまま部屋から出て行ってしまう。と、扉が閉まった瞬間、隣に立っていた彰文の顔つきががらりと変わった。 「奏人、小さな子供じゃないんだから、店員を困らせるな」  彰文は冷たく放つと、販売員が用意したシャツを手に取り、奏人の背後に回る。 「ほら、これなんかどうだ? お前に似合うと思うんだが」 「んっ……」  背後から抱きこむ形で服を合わせられ、気に入ったかと聞かれる。だが、彰文の手が身体に触れた瞬間、全身がビクリと震えた。 「……もう……」 「何だ?」 「もう、やめてください。部屋に……帰らせて……」 「せっかく来たのに、何も買わずに帰るなんて勿体ないだろう? 一着でもいいから、試着してみろ」  嫌がる姿を後目に、彰文が奏人の着ているシャツのボタンへと指をかける。 「やっ」  咄嗟に服を脱がされるのだと知った奏人が彰文の手を払い、シャツのボタンが外れないよう両手で覆い隠す。その反動で彰文の手から、持っていた真新しいシャツが落ちた。 「奏人」  酷く温度の低い声で呼ばれる。  部屋の空気が一気に氷点下まで下がったのが、分かった。 「我が儘を言うとどうなるか、まだ分かってないのか?」  やにわに腕を鷲掴みされ、部屋の隅へと歩かされる。 「痛っ……」  掴まれた腕の痛みに顔を歪めながらも、どこに連れて来られたのか確認すると、そこは試着時に使う鏡の前だった。  鏡には背後から抱えられている自分の姿と、薄く笑う彰文が映っている。  一体何をしようとしているのだ。様子を窺っていた奏人だったが、わずかに残されていた冷静さは次の瞬間に崩された。  突然、彰文が奏人のスラックスを脱がせ始めたのだ。 「や、何を……」  驚きを隠せないながらも抵抗をはじめるが遅く、腰回りが緩くなったスラックスがパサリと音を立てて床へと落ちた。  「あっ……」 「鏡を見ろ、奏人」  着ていたシャツを、胸元まで捲り上げられる。すると目の前の大きな鏡に、部屋の中でだけ見せる彰文の残酷な顔と、いやらしく下腹部を脹らませる自分の汚れた姿が映った。 「店員に、この姿を見られたくなかったんだろう?」 「くっ……」 「そうだろうな。こんな真っ昼間から女物の下着を履き、そのうえ尻にオモチャを入れられて感じてる姿なんて、見られたら二度と外も歩きたくなくなるだろう」  今朝、部屋を出る前にローションとローターを入れられ、そのまま女性用の下着を履くよう命じられた。ブティックに行くなんて知らなかった奏人は、また彰文の酔狂だろうと下手に逆らうことをしなかったが、まさかこんな場所で晒されるとは思ってもいなかった。  中に入れられたローターも振動が切ってあったため違和感しかなく、少し我慢すれば乗り切れると思っていたのに、歩く振動で中が刺激されるうちに官能を呼び起こされ、はしたなくも前を反応させてしまった。  だから、販売員に身体を向けないようにしていたのだ。  「しかし本当にお前の身体は、どうしようもないぐらい淫乱だな。もう濡れていないところがないぐらい、下着がグチャグチャだぞ」  下着越しにやんわりと触られ、脹らんだ性器を揉まれる。 「ぃ、やっ……」  サテン生地で作られた下着は、指が滑らかに動く度にくすぐったさと、指先の生々しい感触を奏人に伝えた。  五本の指で巧みに揉みしだき、捏ねられる度、下着の中から卑猥の水音が生まれる。 「ぁっ、んっ……」  直に弄られるよりも高い感度の刺激に、熱い吐息が漏れた。  こんな場所で、乱れたくなんてないのに。 「気持ちいいか? 仕方がない。なら、もっと気持ちよくしてやる」  甘く耳に響く声で笑いながら、彰文が下腹部を弄っていた手を大腿部まで降ろす。そして奏人の太腿に細いベルトで括り付けられていた小さなローターのコントローラーを外すと、指で振動のダイヤルを一気に最大まであげた。  今まで静寂を保っていたローターが、奏人の中で生き物のように暴れる。 「やっ、あぁっ! ぅ……くっ……」  あまりの刺激の強さに高い声を出してしまいそうになったが、何とか直前で口を押さえ、止める。  大きな声を出したら、販売員が戻ってくるかもしれない。奏人は歯を食い縛って、声が漏れるのを堪えた。 「どうだ? こんな場所で、いつ、誰に見つかるか分からない状況に追いこまれながら痴態を晒すなんて、好き者のお前にはこれ以上ない褒美だろう?」  奏人の淫猥さを笑いつつ、手の中にあるコントローラーで振動の強弱を弄ぶ。 「くっ、ん……ふっ、んんっ!」   中で大暴れしていた玩具の振動を止められ安堵に息をつくも、すぐに勢いを最大にまで上げられ、奏人は我慢できずに腰を大きくうねらせた。 「見てみろ。触ってもいないのに、また下着の染みが濃くなった。そんなにオモチャが好きならローターじゃなく、もっと太いものにしておけばよかったな」  違う、自分はこんな物が好きなわけではない。訴えたいのに口を塞いでいるため、言葉が出せない。 「さぁ、次はどうしたい? このまま三十分待って、戻ってきた店員に姿を見てもらうか」 「んっ! ンンンっ!」  彰文の問いかけに、奏人は大きく首を振る。 「なら……部屋に帰るか?」  快楽の波に翻弄される中、予想外な選択を提示され、奏人が目を見開く。 「お前が帰りたいというなら、言うことを聞いてやる」  まさか、彰文がこんなにもあっさりと帰宅を認めてくれると思わなかった。一瞬、嘘ではないかと疑ったが、有言実行を信条とする男が口にしたことなら嘘ではない。  勿論、今すぐ家に帰りたい奏人は、首を縦に振って意志を伝える。 「そうか。ならば、ここで俺に誓え。もう二度と俺に無駄な説得をしないと。俺から逃げようなんて考えないと」  それが条件だと、冷酷に告げる。 その言葉が耳を通り終えた頃、奏人はようやく気づいた。  彰文の提案が、否、今日、このブティックに連れてくるところから全て、罠だったということに。  全ては、奏人に説得を諦めさせるため。 「んっ……」  両足が震えて、今にも床に崩れそうになる。目の前も真っ暗になった。  未来を守るか、痴態を晒すか。考えた時、ふと脳裏にケイの姿が過ぎった。  諦めたくない。  けれど――――。  鏡に映る自らの卑猥な姿を見て、奏人は顔を歪ませる。こんな姿を他人に見られるなんて、耐えられない。  弱い自分は、目前の残酷に強い意志で立ち向かうことができなかった。  「わ……かり……ました」  奏人が小さく頷くと、それを見て彰文が満足そうに笑った。 「そうだ、それでいい」  まるで悪魔を見ているようだ。 「では、さっさと終わらせて帰るぞ」  言いながら彰文が、指を奏人の履いている下着へとかける。そして、そのまま濡れた下着を降ろした。 「なっ……」  下着を脱がされたことで狭い布の中で抑えこまれていた奏人の性器が、待ち構えていたかのように空へ向かって聳え立つ。 「やっ、彰文さん、どうして……」 「このまま服を着たところで、店員にはすぐに気づかれる。一度出させたらすぐにでも連れて帰ってやるから、鏡に手をついて腰をこちらに突き出せ」  彰文はこの場で奏人とセックスをするのだと、信じられないことを言葉にする。  こんな、いつ人が入ってくるか分からないうえ、壁一枚しかない場所で身体を重ねるなんて、無謀でしかない。  しかし、と深く考えて奏人は反論の口を止めた。  今、この状態で外に出れば、どれだけ隠しても販売員に気づかれてしまう可能性が高い。この卑しい身体は、ただ単純に精を吐きだしたところで言うことをきかないのだから。  それに先程から、腰の辺りに自分のものではない欲が当たっている。そう、背後の男もまた、熱の放出を必要としているのだ。  それならば彰文の言うとおり、早く事を済ませ、おさめてしまった方がいい。 「早くしろ。店員が戻ってくるぞ」  時間を迫られた奏人は唇を噛みながら、よろよろとした足取りで彰文から離れる。そして言われたとおり鏡に手をつき、腰を突き出した。 「んっ……」  すぐさま奏人の細い腰に手が添えられ、今もなおローターが暴れ回る後孔の入口に硬い塊の先端が押しつけられる。 「行くぞ」  彰文の雄が閉じた蕾を開き、ゆっくりと中への侵入をはじめた。全く愛撫のないままの挿入だったが、先々にローションでしっかりと濡らされていた奏人の後孔は、すんなりと彰文を受け入れていく。 「んっ、んふ、ぁ、っ……んんっ……」  悲しいかな、滑るように入りこんだ彰文の雄が、内側の襞を押し広げながら埋まっていく感覚に、身体が歓喜を訴えた。  蕩けるほどの快感に、頭が真っ白になる。  だが、快楽はそれだけで終わらなかった。  彰文は一度最奥まで到達すると、すぐに腰を引き、激しい抽挿をはじめたのだ。 「ん、んあっ! やっ、ぁう、ふっ……ん!」  突き上げられる度に、中のローターが動く。さらに蕩けた肉壁の、一番感じる部分を彰文の雁首で容赦なく擦られ、あまりの快感に止められない声が溢れた。  恐らく、彰文も時間をかけてはいけないと思っているのだろう。いつもはセックスを楽しむ緩慢な動きをするのに、今日は動きから性急さが滲み出ている。 「あ、んっ……ゃ、やっ、あぁっ」  まるで獣のようなセックスに、奏人の熱が早々に頂点へと駆けはじめる。そして時間をかけるまでもなく訪れた限界に、ドクン、と下腹部が波打った瞬間、全身を駆けぬけた熱の塊が、大きく痙攣する先端から外へと放出された。 「ひ、やぁっ……ん、んん、ンンンーーーッ!」  待ち望んでいた快楽の解放に、全身が打ち震える。だが、思いきり歓喜の声を上げることはできなかった。  白濁を放つ直前に背後から伸びてきた手で口元を覆われ、声を強制的に止められてしまったからだ。  腹に彰文の滾った熱を注がれながら、喉だけの情けない嬌声を上げる。  ああ――――なんて、滑稽な姿なのだろうか。これほどまで酷いことをされているのに、身体は悦びに打ち拉がれている。  手をついた鏡に映った自らの姿を見て、泣きそうになった。 「奏人、さっきの約束を忘れるなよ。それと……」  口を覆われた手を外され、自由になった呼吸を整えていると、ふと視界に見覚えのあるシルバーリングが飛びこんできた。  彰文が指で摘まんでいるもの。  それは、ケイの指輪だった。 「もう、これは必要ないな?」 「な……っ……」  取り返そうと慌てて手を伸ばしたが遅く、彰文の手の中にケイの指輪が握りこまれてしまう。 「あのモデルのことは忘れろ。どうせ、もう二度と会うこともないんだ」  まるで、死刑宣告を告げられた気分だった。 「ケ……イ……」  視界の全てが、絶望という名の幕に包まれる。説得という手段を奪われ、指輪も奪われてしまった今、もう奏人を支えるものは何もない。  ケイとの未来が、完全に途絶えてしまった。  突きつけられた事実に、奏人の心が悲鳴を上げる。  しかし、どれだけ声にならない嗚咽を漏らしても、奏人の嘆きが誰かに届くことは、もうない。

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