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第5話

「あんただけは特別だとか、思ってないから」  静かな美緒の声が胸に響き、悠護は押し黙った。 「男なら、そういう気持ちになるんだろ? 一緒にメシ食って遊んでるだけじゃダメなんだろ。でも、無理だから……」 「嫌な、思い出とか……、あるの? 言いたくなきゃ言わなくていいけど、そうなら、ごめん」  美緒ほどの美少女なら、もっと幼いときから男の欲望にさらされていてもおかしくない。普通の育ちなら親が守るが、そんな恵まれた環境じゃなかっただろう。 「ゴーちゃん」  膝に頬を押し当てたまま、美緒がかすかに指を伸ばしてきた。とっさに強く握り返す。 「昔さ、……昔だよ。ヤられてはないけど、無理に……」 「美緒」  もういい、と口にしたが、「聞いて」と言われ、悠護は黙った。 「横須賀に住んでたんだ。その頃、友達の家に居候してて、そこに出入りしてる白人の男がさ。そういう趣味のヤツで、それで、小遣いやるとか言って、手とか口とか……、断れなくて」 「……うん」 「半殺しにだってしてやれたけど、友達の母親の恋人だったから、世話になってたし、できなくて。でも、そいつ、母親がいない夜に、さ」  ぐっと押し黙った美緒はゆるやかに息を吐き出し、膝の間に顔を押し込むようにして小さくなった。貧乏ゆすりをするように身体を揺らし、 「襲ってきて……。逃げたんだ」 「無事だったんだな」 「オレはね」  美緒はそう言った。自分のことを『私』と言うのは店の中でしか聞いたことがなかった。 「友達を、置いてきた。逃げろって言われて、あとのことはもうなにもわからなくて」 「美緒」  握った手で肌を撫でると、美緒はびくりと肩をすくませた。それでも身体を寄せてくる。 「……すごい、ひどいやつだったんだ。あいつ、死んだかも知れない」 「まさか、それはないだろ。命までは」 「……普通じゃなかったんだ!」 「美緒。それでも……っ」  震える身体を、ぎゅっと抱きしめた。怒り狂った猫のようにフーフーと繰り返す息が収まるまで、怒りと不安と後悔が渦巻く肩を何度も撫でる。 「命までは取られてない。そう思うしかない。美緒、わかるだろ」 「オレだけが、幸せになんて、なれない」 「そんなこと、おまえが決めるな」 「なんでだよ!」  ぱっと顔を上げた美緒のあごを、悠護はとっさに掴んだ。嫌がる顔を押さえて、くちびるを重ねる。  胸を押しのけようとする手を払いのけ、息を継がせた瞬間に舌をねじ込んだ。 「んっ……、んーっ! んっ!」  抵抗する首根っこを押さえ、身体を抱き寄せる。 「はっ……、や……っ。んっ」  ぬめった舌を絡め、柔らかく吸いあげると、激しいキスに慣れていない美緒は怯えながら身体を引く。逃がさずに追いかけ、手加減してキスを続ける。やがてあきらめたように身体の力が抜けた。 「……おまえは、生きてる。誰を犠牲にしたとしても、おまえは生きてる」 「……っ」 「生きてるってことはな、人を好きになって当然なんだよ」 「それがおまえだって、思ってんの」  負けず嫌いな目がぎらりと光り、悠護は嬉しくなって笑った。 「そうだよ。思ってる。こんなキス、俺にだけさせてるんだろ? 責任取って結婚するから。だから……乳首触らせて」  冗談めかして言うと、美緒がぷっと吹き出した。ケラケラッと笑い、 「やだよ」  といつもの調子で肩をすくめる。 「じゃあ、キスでいい」  長い髪を肩からそっと払い、前髪を耳にかけてやりながら顔を覗き込む。 「手とか、口とか、言い出すんだろ」  美緒が不満げに繰り返す。悠護は答えた。 「言いたいよ。だって、好きだからな。その代わり、おまえにも俺の全部をやるよ。たいして、持ってないけど」  生まれ育ちや、刑務所のことはまだ言えていない。それを言える仲になったとき、美緒を抱こうと決めて、悠護は少女の手を握った。 「キス、気持ちよかっただろ。髪を乾かすより」  そう聞くと、美緒は小首を傾げた。 「髪の方がいい。ぬるぬるしてるの、気持ち悪い」  子どもっぽく答えて、そっぽを向いた。

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