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第6話

 秋の風が冬の気配に変わり、木枯らしが落ち葉を吹きあげる頃になっても、ふたりの仲は進展しなかった。でも、美緒は頻繁に部屋を訪れ、髪を乾かしたあとは決まってキスが許された。  そこで調子に乗って手を伸ばそうものなら遠慮なく引っぱたかれる。他の女が相手なら腹が立つような態度も、美緒が相手だとしかたないの一言で済んでしまう。  それは不思議な感覚で、悠護の中に新たな決意を芽生えさせた。  自分のバックボーンを明かそうと決めたのだ。  驚きながら笑い飛ばす美緒が想像できて、その通りならいいのにと何度も思った。もしも拒絶されたどうするのかを考え、あきらめきれるわけもないと繰り返す自分に行きつく。  部屋の外に目を向けると、いつのまにか雨が降っていた。  暗い夜景色の中でもそれとわかるから、かなりの強さだ。  なんとなく美緒に会いたくなって、店に行ってやろうかとソファから腰を上げた。  玄関で靴を履いているとインターフォンのベルが鳴り、ドアスコープの向こうには、思い浮かべたままの姿で美緒が立っていた。 「なんだ、今日は休みだったのか」  ドアを開けると、びしょ濡れの美緒がするりと中に入ってくる。そればかりか、ひしっと抱きつかれ、悠護は驚いた。 「ゴーちゃん……っ」 「な、なにっ。熱烈だなっ。傘、なかったのか。電話すればいいのに。小銭ぐらい持てよ」 「ゴーちゃん」 「待て待て待て。待って、美緒ちゃん! お願い」  ぎゅっと抱きしめ返してから、肩を掴んで引き剥がす。 「お兄さんの理性が限界だから。まず風呂入ってこい。それとも、ひどい目に遭わされたのか」 「……オレが?」  美緒はにやりと笑う。勝気な少女は、自分の身に不幸が起きるとは思っていない。どこか浮世離れした警戒心のなさだ。 「じゃあ、風呂行け」  笑いながら風呂場を指差すと、美緒は素直にととっと小走りで入っていく。シャワーの音が漏れ聞こえるまで待って、悠護は壁にすがりついた。 「ふざけんなっ……」  からかわれたとしか思えない。あんな甘い声で抱きつかれて、危うく抱きあげてしまうところだった。ベッドに直行する妄想に取りつかれ、重い息を吐き出す。  着替えを脱衣所に置いてやり、ホットココアを作って待った。美緒は味覚もお子様だから、甘いものが好きだ。数少ない女の子らしさでもあった。 「ゴーちゃん」  しばらくして出てきた美緒は、ちゃっかりドライヤーを手にしている。 「髪、お願い」 「ん。これ、ココア。いい感じに冷めてる」 「ありがと」  両手で受け取った美緒は、ソファに座った。先月パーマをかけた髪は柔らかくうねり、濡れた感触が指にしっとりと絡みつく。  タオルで水気を取ってから、いつものように乾かした。 「もう、同棲してもいいぐらいに、俺たち、馴染んでるよな」  なにげなく言うと、ココアを飲んでいた美緒は肩をすくめる。その肩の片側に髪を寄せ、反対側にそっとくちびるを押し当てた。 「んっ……。それ、いや」  美緒の『いや』はことごとく愛らしい。  ぞくっと腰に来て、悠護は身を引いた。使い終わったドライヤーを片付けて戻ると、マグカップを持った美緒が近づいてくる。 「お酒、飲みたい」 「未成年」 「よく言うよ」  飲酒はこれが初めてじゃない。外では飲まないが、家飲みでは美緒も少しだけ口にする。 「なにがいい。甘いの作ってやろうか」 「うん」 「今日はなー。オレンジがないからなー。マリブパインにする? カルアミルクもいける」 「パインで」 「了解」  キッチンに立った悠護が作るアバウトなカクテルもどきを、美緒は入り口に立って眺めていた。少しアンニュイな雰囲気が、悠護の胸を騒がせる。  それは少しの不安と、かなりの度合いを占める欲情だ。  出来あがったドリンクを渡すと、美緒はその場で一口飲んだ。 「俺にも味見させて」  そう言ってそばに寄ると、グラスが差し出される。その手を掴みながら、顔を近づけた。  あきれたような視線が、閉じるまぶたで遮断される。  ココナツリキュールの甘さと、パインの酸っぱさの混じった舌をそっと舐めて離れると、美緒は不機嫌に顔を背けてソファへ戻った。  悠護は缶ビールを手にして隣に座る。近いと怒られた。でも、場所を変えるつもりはない。

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