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第5話

 思わず素っ頓狂な声を上げて仕舞う程、ドストエフスキーから告げられた言葉は衝撃的なものだった。  彼が喜ぶのならと今迄其の役を演じ続け、割れそうな心にも堪えてきた。其れを凡て無に帰すような科白は思考停止させるには充分過ぎる程で、ぐるぐると頭の中を廻る思考に呑まれそうに為ると、繋いだ手に込められた力で再び現実へと引き戻される。  鼻の先端に柔らかい唇が当たり、其処から頬を伝い目許へと触れるように口吻けを落として行く。 「貴方を理解出来るのは僕だけでしょう?」  其れがドストエフスキーの誇りだった。仮令他の誰が彼を理解する事が出来ずとも、世界でたった一人、自分だけは彼の考えを理解する事が出来る。然し其れは自分だけの事で、ドストエフスキーがゴーゴリを理解出来る事とゴーゴリがドストエフスキーを理解出来る事は必ずしも同じでは無かった。  其の結果が今で、ドストエフスキーはゴーゴリを追い詰め、亦ゴーゴリ自身も自らを追い詰めた。 「愛しい貴方を一度だって見間違えた事は有りませんよ」  ゴーゴリの腹部から腿へと位置を移し、ゴーゴリの上半身を起こすとドストエフスキーは其の躰を抱き締める。ゴーゴリも自ずと両手を浮かせるが、背中へと回す前に躊躇いから其の腕が固まる。  肺の中の澱んだ空気を長い時間を掛けてゆっくりと吐き出し、其れから漸くドストエフスキーの背面の着衣を掴む。 「……ねえ、ドス君」 「何ですか?」  心臓の鼓動が大きく聞こえる。役者では無い自分に愛される価値が本当に有るのか。真実を知る事は深淵を覗き込むにも等しい。其れでも「若しかしたら」の可能性に縋ってみたいと期待をして仕舞う。 「僕は、……何?」  声が震えて居るのは自分でも解った。背中に回した手を緩めてドストエフスキーはゴーゴリの顔を覗き込む。額同士を合わせて唇を重ね、其れから一言―― 「僕の愛するニコライです」  ――漸く、本当の貴方が見えた。

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