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「なんだ、ツインじゃないのか。」 生まれて初めて見た大きなベッドにボスンと遠慮なく腰掛けながら、リヒャルトは開口一番そう言った。 国境の辺境の街とは思えないほど新しく綺麗な宿に辿り着いたのは日が沈み星が輝き始める頃。部屋の隅にひっそりと立ったマシューはスンと鼻を鳴らし木の香りを楽しむと、ぐるりと部屋の中を見回した。 木のぬくもりを感じる明るい室内にシンプルながら質の良い調度品が最低限揃えられ、部屋の中心にはドンと大きなダブルベッドが鎮座している。国境を越えるための通町らしい寝るためだけの宿だ。 「申し訳ありません、もうこの部屋しか空きがないと…」 「いや俺は構わないさ。マシューは良いのか?」 「えっ僕?僕はどこでも寝られますから…」 「そうか。まぁ俺一人寝てマシューが大の字になるには十分だな。」 「では私は外におりますので、何かございましたらお呼びください。」 「えっゲオルグさん?」 マシューの呼び掛けには一切反応せず、旅の疲れを微塵も感じさせずにゲオルグはキッチリと敬礼をして部屋を出て行った。バタンという無情な音のすぐ後、ぬっと後ろから突然現れた二本の腕にマシューはビクッと身体を跳ねさせる。するとすぐに暖かいものに包み込まれて、ふわりと微かな甘い香りが鼻腔をくすぐった。それがリヒャルトのものと分かると、マシューの顔は火を噴くようにボンっと赤くなった。 「り、リヒャルトさま…!」 「ああ、やっとうるさいのが出て行った…マシュー疲れたろう?温かいものでも飲むか?それとも夕食まで少し休むかい?すまないな、本当は一人でベッドを使わせてやりたかったんだが…いや俺がそこらへんで寝ればいいのか、そうだな。」 「あ、あのっ…大丈夫です僕…うわっ!」 急にふわっと脚が浮いて、マシューが思わず縋るものを探して両手を伸ばすと、そこにあったのは優しい輝きを放つ二つの紫水晶。色彩としては寒色に近いと思うのに、その瞳は驚くほど温かい光を放っている。マシューは驚きも緊張もわすれてほうと感嘆の溜息を吐き、同時に心臓の鼓動が早まるのを感じた。 リヒャルトは惚けるマシューの額にひとつキスを落とすと、ゆっくりとマシューを抱えて動き出し、すぐそこにあるベッドに優しく降ろしてくれた。優しい手がマシューの雑に切り落としたまばらな髪をすいていくと、気持ちが良くてうっとりと目を閉じてしまう。 すると今度はその閉じた瞼を優しく撫でられて、マシューはその温かい指先に途端に眠気を誘われた。そして心地良い指先はそっとマシューの目元を痛々しく飾る真新しい傷の側を優しく触れていく。マシューが目を開くと、ほんのつい先ほどまで優しく微笑んでいたリヒャルトの表情は苦々しく歪んでいた。 「…すまない、もっと早くに助けに行ければ…」 「リヒャルトさま…」 「痛むだろう。城に帰ったらすぐに医師を呼ぶからな。」 労わるように優しく頭を撫でられて、それだけでもう傷が癒えたような気持ちになる。マシューはそっと微笑んで、リヒャルトの手に自分の手を重ねた。 「リヒャルトさま…ありがとう、ございます。」 マシューの言葉にリヒャルトはそっと微笑んで、重なった手にキスを落とした。 「…それは俺の台詞だよ。一緒に来てくれて、ありがとう。」 マシューは感動と歓喜に込み上げるものをグッと押し込んで、重なった手がキュッと握られ自然と唇が重ねられるのを待った。 Ωを売る奴隷商の下でβのマシューは奴隷としての商品価値すら無く、存在を否定され続けて生きてきた。下働きとは名ばかりの雑用をこなし日々最低限の衣食住のみが約束された奴隷以下の生活。その地獄から解放してくれたのは、隣国から奴隷の解放に訪れた彼だ。 快適な馬車に温かい飲み物、いい香りがするお菓子に大きなベッド。外の世界を知って改めてそれを実感したマシューは今、ただただ幸福で、細いのに力強い腕の中で大きな耳をペタンと畳んで身体の力を全て抜き、完全にリヒャルトに身を任せた。

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