翌日、二人は城下町へと降りてきていた。朝一にリヒャルトがどうしても外せない公務があったために既に太陽は高く昇り、軽く汗ばむ陽気だ。リヒャルトは城門を出るなりぐーっと伸びをしてマシューの手を取り、人目につかない裏道を迷いなく歩いていく。そして辿り着いた店は古い駄菓子屋だ。正直、リヒャルトの王子という身分には相応しくない店構えだが、リヒャルトはその店に入ると年老いた店主に「かき氷二つ、苺とレモンで。」と告げた。 自国の王子の顔を知らないはずもないのに、店主はむっつりとした表情を崩さず返事もせずに立ち上がる。リヒャルトもそれを一切気にしていないようだった。 そして出されたのはなにやら白い山。てっぺんからそれぞれ赤と黄色のジャムのようなソースがかけられている。差し出された赤いソースがかけられた白い山を繁々と眺めていると、リヒャルトは店の外にあるベンチに腰掛け笑顔で隣を叩いた。 「かき氷は初めてかい？」 「カキゴオリ？」 「そう。氷を削ったものに果実の蜜漬けをかけると美味しいんだ。水が美味しいからね、氷だけで食べても美味しいよ。」 言いながらスプーンでかき氷を掬ったリヒャルトはあーんと大口を開けてそれを頬張った。しゃりしゃりと意外な音がする。マシューはそれに倣いスプーンで氷を掬うと、ぱくりと頬張った。 口の中が一気に冷えて感覚が鋭敏になったところに、ぶわっと甘いシロップの味が広がる。ふわふわの氷の中に果肉の食感がしっかりと感じられるそれは、初めて味わう食感だ。 「ふわ…美味しい…」 「よかった。ラビエルの名物なんだ。ここはこのユリアナで1番の老舗でね、俺もよく来ているんだよ。…すまない、こんなに時間をかけるつもりは無かったんだが…待ち疲れただろう。」 そういうリヒャルトの方こそなかなか疲れたようで、かき氷を頬張っては肩を回している。 昨晩リヒャルトはマシューよりも遅く寝たはずなのに、マシューが目覚めた時には既に公務に向かった後だった。一体どれだけの睡眠が取れたのかわからないくらいだ。 忙しいんだな、と心配になると同時に、そんな忙しい中で自分に時間を割かせるのが申し訳ないような、けれど一緒にいてくれるのは嬉しいような、複雑な気持ちに陥る。それを誤魔化そうとかき氷を急いでかきこむと、頭がキーンと痛んでリヒャルトに笑われてしまったのだった。 ━━━ 次に2人が訪れたのは本屋だった。 心安らぐリュートの音色がかかる狭く薄暗い店内には、見上げるほどの高い本棚が所狭しと並びにぎゅうぎゅうに本が詰め込まれている。 古書独特の香りを楽しみながら馴染みのないその光景にキョロキョロしながらリヒャルトについていくと、リヒャルトはある一角で歩みを止めた。 「ほら、この辺りが絵本コーナーだよ。」 リヒャルトが指したそこだけ、鮮やかで弾むような空間だった。 色とりどりの表紙は柔らかいタッチで描かれた可愛らしい絵ばかり。そこに書かれたタイトルは読めないが、優しい世界がそこにあることがわかる。 「いくつか手に取ってみるといい。字が読めなくても、絵の雰囲気で気に入ったものがあったら買おう。俺も少し見てくるから、ゆっくり見るといいよ。」 笑顔でそういったリヒャルトはマシューに背を向けて、本棚の向こうに姿を消した。マシューはもう一度高い本棚を見上げる。目移りしそうになるほどの量だが、いくつか本を手に取るうちにマシューはすぐに興味を惹かれる一冊を見つけた。 1人の女性が天使に手を取られている。色鉛筆で描かれたようなふんわりとしたタッチの淡い色合いのその表紙に導かれるように手に取り、表紙を捲った。最初のページには、作者のごく短い手記が印刷されている。マシューはそれに妙に心惹かれて、指でその文字をなぞった。 「マシュー、どうだい？何か…」 そこへちょうど戻ってきたリヒャルトにそれを見られて、マシューはパッと顔を上げた。読めもしない文字をなぞったりして、不審に思われたかも。 リヒャルトは驚いたようにマシューの手の中にある本を見て、まるで花が綻ぶように優しくふわりと微笑んだ。 「それが気に入った？」 「あのっ…あの、はい、気に入ったというか、気になって…」 「そうか。じゃあそれを買っていこう。…あ、このシリーズ懐かしいなぁ。昔大好きだったんだ。」 リヒャルトは少し上の段にある、絵本にしては分厚い本を差し出した。少年が大きなドラゴンになって夜空を駆ける絵が描かれている。少年は勇ましく拳を振り上げ、ドラゴンも可愛らしく笑顔で描かれていた。 中をパラリと捲ってみると、絵本というよりも児童書だ。マシューは途端に不安になってリヒャルトを見上げた。 「寝る前に少しずつ読んであげようか。とても面白いよ。…というのは建前で、俺が久し振りに読みたいだけなんだけどね。」 ふふ、と悪戯に笑ったリヒャルトは、その本とマシューが手にした絵本を持って会計に向かっていった。 本当にリヒャルト様に本を読んでもらえるなんて、夢みたいだ。マシューは夜を待ち遠しく感じていた。