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「このシャツを全色一枚ずつと、パンツは黒とグレーを一枚ずつとこのグレンチェックのと…あ、あとデニムを色違いで一本ずつ。それからこっちのこのTシャツを2枚ずつと靴はこれとこれとこれ。あと欲しいものはあるかい?」
「いえ、あの、多いくらいです…」
本屋を出た二人はリヒャルト御用達だという洋品店に今度は普段着を買いに来ていた。
店主の手厚い歓迎をそこそこに受け流しながら店内をぐるりと一周したリヒャルトは、迷わず大量の衣服を注文していく。慣れた様子ではいはいと頷いた店主はマシューを上から下までじっくり見てからバックヤードに戻っていき、しばらくしてポリ袋に入ったままの新品の商品を抱えて戻ってきた。
「大丈夫だと思いますが万が一サイズが合いませんでしたらお申し付けくださいね。」
「ああ、いつも悪いな。」
「いえいえご贔屓にしていただき本当にありがとうございます。うふふ、それにしても殿下もついに…うふふふふふ。」
「まだ内密に頼むよ、陛下にもお伝えしていないんだ。」
「あら!あらあらまあまあまあ!それはそれは…うふふふふふふふ!ではでは、殿下からマシュー様への贈り物ということで張り切ってお包み致しますわ!」
いいこと聞いたわと狐の獣人はニンマリと笑い、再びバックヤードに戻って行った。
仕立て屋といい駄菓子屋といい変わった人が多いなと頬を引攣らせながら、手元にあった白いTシャツにそっと触れる。滑らかな手触り、丁寧な縫製、シンプルながら洗練されたデザインは相当の代物であることがわかる。チラリと見えた値札に書かれた数字に、マシューは思わずパッと手を離した。
こんな服、着るより着られてしまいそうだと思い至って、それをいうなら礼服の方もかと益々落ち込んだ。
「良い服だろう?俺はいつもここで買うんだ。流行りに左右されず長く着られるのが気に入っていてね。その割にあまり高くないんだ。」
チラリと見た値札にひっくり返りそうになったことなどとても言えない。
リヒャルトはあまり王族らしくないと思っていたが、やはり金の使い方が豪快だ。戻ってきた店主がスッと差し出した請求書はとてもじゃないが覗けない。請求書は覗けないが代わりにリヒャルトを覗き見ると、なんでもないような顔をしてサインをしていた。
「さ〜マシュー様!是非!当店の服で殿下を誘惑してくださいまし!」
「ゆっ!?」
「なんせ殿下がポケットマネーでプレゼントされるんですからね!ええ、ええ、いいんですのよすぐにドロドロのぐしょぐしょにしてしまっても!また殿下がポケットマネーで買ってくださいますわ!ポケットマネーでね!」
「おいこら、ポケットマネーって何度も言うな。」
「え、ポケットマネー…?」
「オーホホホホ!商売繁盛ですわ!ありがとうございました〜!」
大きな紙袋三つにもなったそれらをマシューに押し付けた店主はキラキラした笑顔で二人を追い出すと、大きく手を振ってさっさと店内に戻って行った。残されたのはバツの悪いリヒャルトと呆気にとられたマシューだ。
大荷物の隙間からチラリと見ると、リヒャルトは珍しく頬を赤らめてぽりぽりと後ろ手に頭をかいて、ボソッと呟いた。
「…彼女の言う通りさ。礼服も絵本もこれも、もちろんかき氷も、全部俺の個人的な金だよ。民からの税金をこんなところに使うわけないだろう?」
てっきりあの城に住むに当たって国の財形から出される物だと思っていたマシューは面食らった。リヒャルトの個人的な収入源がどこにあってどれどけの資金があるのかわからないが、結構な大枚を叩いているのではないかと思う。
マシューは途端に顔を青くした。
「い、いただけません、こんなに…!」
「え…?迷惑だったか?このくらいは年中着られるものだからあった方が…」
「いえ!あの、嬉しいです…けど!でもリヒャルト様のお金なら、ご自身のために使うべきです…!」
お金はあって困らない。自分のような者に与えるよりも、もっと有意義な使い方があるはずだ。それが例えばどんなと尋ねられたら全く答えられないのだが、それこそ聡明なリヒャルトならいくらでも有意義な使い方を知っているだろう。
と思って、マシューはハッとした。
リヒャルト様に、意見してしまった…!
世界最大の領土を持つ大国の王子様。主にどんな功績があるかまでは流石に知らないが、他国に知れ渡るほど有能な人物だということは知っている。民からの支持もあり臣下の信頼も厚い彼に、自分のような、獣人の末端の底辺のどん底のような兎が、意見してしまった。
マシューは恐る恐るリヒャルトの顔を見た。あの美しい、宝石のような紫水晶の瞳が侮蔑の色を浮かべていたらどうしよう。身の程知らずと言われても仕方ない、そう思ってぎゅっと目を閉じたその時だった。
「…なら問題ない。マシューが綺麗に着飾ったり何かを美味しそうに食べていたり、同じ本を読んだりしていたら、俺が嬉しいからね。君のためと見せかけて自分のためなのさ。」
ポンと頭を撫でる手はいつも通り温かく、見上げた先の紫水晶は慈愛の色が伺える。あまりに甘く蕩けそうなその視線に、マシューは胸の奥がぎゅっと鷲掴みにされたように苦しくなった。
「そろそろ帰ろうか。」
服と本で大変な重さになってしまった荷物を2人で一緒に持って歩く。沈みゆく真っ赤な太陽を背景に微笑むリヒャルトはどこか非現実的な光景だった。
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