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窓を打つ雨の音と窓枠を揺らす風の音、そして誰かが激しく咳き込む声にマシューは夢の世界からゆっくりと浮上した。 持ち上がらない瞼を叱咤するように両手で擦り、やっとの思いで目を開けると、真っ白い天蓋のヴェールが四方に広がっている。昨夜肌を合わせ共に眠りについたはずのリヒャルトの姿はない。 「ごほっごほッ…はぁ、はぁ…ごほごほッゲホッ…」 激しく咳き込む声に、マシューは飛び起きた。シャッとヴェールを開け部屋を見回すと、ぐったりとソファに倒れこむようにして蹲ったリヒャルトが苦しそうに肩で息をしている。 「リヒャルト様!」 「!…すまない、起こし…ッ、ゲホッゲホッ…」 「大丈夫ですか!?今誰か、どうしよう誰か…!」 マシューは慌てて駆け寄って、背中を丸めて苦しむリヒャルトの背中を摩り、その熱さにギョッとした。寝巻き越しに触れた背中の体温でもわかる、すごい高熱だ。 外はまるで神が怒り狂っているかのような嵐だ。しかし窓枠や木々が悲鳴をあげるその音よりも、リヒャルトが呼吸する度に立つ喘鳴音が恐ろしい。かなりの高熱にも関わらず真っ白い顔で咳き込むリヒャルトがもしかしてそのまま意識を失ってしまうのではないか、死んでしまうのではないかとマシューは怖くなって、ジワリとこみ上げた涙を拳で拭い立ち上がると、部屋の扉を思い切り開け放って声を張り上げた。 「誰か、誰かいませんか!?リヒャルト様がっ…!」 しんと静まり返った暗い廊下に人の気配はない。こんな広い城内、王族が住み沢山の侍従を抱えるこの城に、今起きている警備の一人もいないなんてそんな馬鹿な。 頭の中が真っ白になって部屋の中を振り返ると、相変わらずリヒャルトが苦しそうに肩を上下させながら蹲っている。マシューが助けを求めに走り出そうとしたそのとき、隣の部屋からゲオルグが顔を出した。 「どうなされた、マシュー殿。」 「ゲオルグさん!リヒャルト様が、リヒャルト様が…!」 ゲオルグはそのまま足早にこちらに向かってくると、部屋の中で蹲るリヒャルトの様子を見てすぐに状況を察したようだった。 ゲオルグは一直線に部屋を突っ切りリヒャルトを抱え上げると、彼のお気に入りのソファに座らせてベッドから毛布を引きずり出してそっと被せ、部屋の奥にある引き出しの中から二つの小袋を取り出すと、部屋の中に常備している水に溶いてリヒャルトの鼻を遠慮なくむんずと摘み無理矢理飲ませた。リヒャルトが無事飲み込んだのを確認して、体温計を脇に差し込み脈を測り始める。それをメモに記録して、ゲオルグは漸く口を開いた。 「…マシュー殿、いつからこの状態ですか?」 「あの、僕も今目が覚めて…」 「わかりました。お知らせいただきありがとうございます。殿下、湯をお持ちしますので少し落ち着いたら着替えましょう。眠れそうでしたら眠ってしまってください。」 ゲオルグは朦朧としているらしいリヒャルトの耳元で少し大きな声でそう告げると、すれ違いざまにマシューに一礼して足早に去っていく。あまりに急な予想だにしない状況に、マシューはただ立ち尽くすしか出来ない。しかしその時リヒャルトが再び激しく咳き込み始めて、慌てて駆け寄ったものの、できることなど熱で異常に熱くなった手を握ってやることだけだった。 さっきまで、ほんの数時間前まで元気そうだったのに。 画材をプレゼントしてくれた。とても嬉しくて、幸せで、そんな自分を見てリヒャルトも幸せそうに笑ってくれた。それがとても愛おしくて、キスして肌を合わせて熱を受け入れたあの時は、いつも通りのリヒャルトだったのに。 「リヒャルト様…」 泣きそうな声で小さく呼んだ声が届いたのか、リヒャルトがゆっくりと瞳を開く。輝く紫水晶は熱に浮かされ涙のヴェールを纏い、奇しくも輝きを増していた。 困ったように僅かに微笑んだリヒャルトの笑顔があまりに痛々しくて、見ていられなかったマシューはグッと俯いて握りしめた熱い手を額に押し当てた。すると脳天に熱いものが触れて、それはゆっくりと優しくマシューの頭を撫で大きな兎耳の根元を愛でる。リヒャルトがいつもしてくれるその動きは、常よりも弱く鈍い。マシューの脆い涙腺はいよいよ決壊した。 「…すまない、驚かせたな…」 苦しいのはリヒャルト様の方なのに。 外の嵐にも負けない喘鳴音を立てる呼吸があまりに苦しそうで、血の気の引いた顔色が痛々しくて、輝きを失った瞳が怖くて、マシューは顔をくしゃくしゃに歪めて泣いた。戻ってきたゲオルグが慣れた様子でテキパキとリヒャルトの看病をする傍ら、ただ立ち尽くすしかできない自分の無力と無知を呪いながら。

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