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オリヴィアは名家の生まれで、この世に命が宿ったその時から王家に嫁ぐことが決まっていた。そして幼い頃から血の滲むような努力を重ね、周囲の予定通り当時王太子だった現王クラウスに嫁いだ。予定外だったのは、オリヴィアが本当に心からクラウスを愛して、婚姻を心から望んでいたことだ。 心から愛した夫クラウスは結婚後すぐに王となり、そして王となった夫はオリヴィアを第一王妃に据え、別の女を第二王妃に。 クラウスはオリヴィアを愛してはいなかった。幼い頃から厳しい剣の訓練を共にして成長し、戦でいくつもの戦果を挙げた獅子の血を引く女将軍を愛していたのだ。それが、ラインハルトの母モニカだった。 同時期に王妃となったオリヴィアとモニカは一見仲が良さそうに見えた。クラウス王を愛する者同士、手を取り合って国の為にクラウス王を支えているように見えた。オリヴィアが血を吐くような思いでそう見えるようにしていた。 亀裂が入ったのは、モニカの懐妊が発覚した時。そして半年後にオリヴィアが懐妊した時だった。 ほんの半年の差で、モニカの子が王位を継ぐ。何故、モニカだけが全てを持っていくのかと。戦で得た名声も、民の信頼も、クラウス王の愛も、子どもの王位継承権までも。 オリヴィアはとても許せなかった。なんとしても我が子に王位を継がせたかった。そして生まれた我が子に、かつての英雄ジークハルトの名を授け希望を託して熱心に教育した。 幸いジークハルトはとても賢かった。オリヴィアの期待通り、全てにおいてラインハルトを上回っていった。 やはり第一王妃様のお子様は違う。やはり王位は人間であるジークハルト殿下が継ぐべきだ。 貴族も平民も皆にジークハルトの噂が広まり始めた時、オリヴィアは再びその身に子を宿した。 それがリヒャルトだ。 多大な心労と過労を抱えたオリヴィアは予定よりも随分早く胎の子を産み落とし、産まれた赤ん坊は極めて虚弱ですぐにも死んでしまいそうだった。 リヒャルトと名付けられたその赤ん坊を生かす為、国内外の屈指の名医が挙ってリヒャルトの治療に当たった。細く小さな手足にいくつもの注射の跡をつけ一日中色々な薬を飲まされなんとか生かされているリヒャルトを見て、懸命にオリヴィアの厳しい教育に耐えていたジークハルトは、ある日突然全ての教本を池に投げ捨てたという。 「弟のために、医者になる。」 たった一言そう言い放ったジークハルトは、その後一度も剣技も帝王学も学ぶことなく、断固として医学書以外の本を読まなくなった。 その姿に、既にボロボロだったオリヴィアの心は粉々に砕け散った。 「父王に裏切られた母の心は兄様を王にするという望みをかけることで保たれていた。その兄様に望みを断たれて、壊れてしまった。…そしてそのきっかけを作ったのが、俺だ。」 リヒャルトは自嘲の笑みを浮かべ、続けて話し出した。 「馬鹿な女だ。王位を継がせるという勝手な希望を押し付けて、それに応えてくれなかったからと勝手に見捨てて…兄様のために絵本まで書いたというのに。そのまま希望を捨てておけば良かったものを、育った赤ん坊が賢いと分かると往生際悪くも再び兄様に王位を継がせようとしはじめた。俺の顔を見る度に赤子のように猫可愛がりして、こう囁くんだ。『母の望みを叶えてくれますね?わたくしの可愛いリヒャルト』ってね。それは俺が成長するほど顕著になった。何故だかわかるかい?」 ふるふると首を振ったマシューに、リヒャルトはすぐに答えをくれた。 「一個師団をいとも簡単に殲滅する悪魔のような子どもを可愛がって懐かせて、手玉に取るためだよ。…自分の望みを叶えさせるために。」 マシューは息を飲んだ。 ヒュッとおかしな音が鳴った。 なまじ、無事成長したリヒャルトが卓越した頭脳を持ち合わせていたものだから、オリヴィアは諦めかけた夢を捨てられなくなった。リヒャルトにかかれば、ラインハルトを失墜させジークハルトに王位を継がせることが出来ると踏んだ。それはジークハルト本人のあずかり知らぬところで進められ、ラインハルトとその母モニカ王妃だけが苦汁をなめることになるのだろう。そしてきっとそれこそが、オリヴィアの真の望みなのだ。 「あの絵本はね、母から子への無償の愛の物語じゃない。私利私欲に塗れた汚い大人が子供に愛情という大義のもとに子供を支配する為に書かれたものなのさ。…そんなことを知っているのは王家の者だけだけどね。」 その時突然外が光に包まれ、直後に神の怒りが地に叩き付けられた。そして神の涙が辺り一帯に降り注ぐ。あっという間に外は大嵐だった。 稲光を受けながら、リヒャルトは真っ青な顔で美しい紫水晶の瞳だけを爛々と輝かせてマシューを真っ直ぐに見つめた。 「…協力してくれないか、マシュー。」

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